早々と12月初めに友人から年賀状が届いた。小学校時代からの付き合いがあり、時々一緒に飲んだりしていた。何ヶ月前かにメールが来た。それにはこう書いてあった。

 『メールありがとうございます。元気で何よりです。私は難病を患ってしまい、四苦八苦しています。動けるうちに色々しておこうと、コロナに負けず忙しくしています。連休には息子と孫と家内の4人で京都、奈良、滋賀行く予定です』。

 その後も『一日一日を無事に過ごせることの有難さを改めて感じています』それから1ヶ月後のメール『病気と闘いながら、落語や映画、旅行やジャズなどを楽しんでいますが、いつまで続けられるか?』。

 そして9月18日の最後のメール『今宮崎観光ホテルで缶詰め状態です。予約したミヤチクも休業、台風14号を体験しています。スマホに何度も災害警報が来ています。雨風も強いし大淀川も凄い。大人しくしています』。

 その後メールをしようと考えていた時、突然奥様からの手紙とそれに年賀状が添えられていた。それによると『11月22日宮崎帰省の旅の途上にて七十三歳で永眠しました。旅先での突然のことでしたので、葬儀は11月24郷里宮崎県西都市にて相済ませました。尚、個人は昨年より闘病中でありましたが生前に最後の年賀状として準備しておりました。皆様方へのご挨拶がございますので本状に添付させていただきます。故人が生前に賜りましたご厚情に深く感謝申し上げます』。

 その年賀状にはこう書いてあった。『実は一昨年「多系統萎縮症」と診断されました。これは原因も治療法も不明で進行型の難病です。昨年夏から車椅子生活になりました。全く想定外の晩年となりましたが、これも自分の運命と受け入れて残りの人生も笑顔を絶やすことなく過ごしたいと思っています。 不便なのはパソコンが使いづらいことで、年賀状も今年が最後となりそうです。本状をもちまして年賀のご挨拶は終了させていただきます。皆様のおかげで、楽しく充実した人生でした。今後とも引き続きお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます』。

 あんなに元気だった彼が亡くなるとは思いもよらなかった。スリムでスポーツマン。奥様とよくゴルフを楽しんでおられた。同級生の中では一番長生きすると思っていたが、そんな彼が亡くなるなんて未だに信じられない。考えてみればスマホというのは便利なものだ。いつでも彼のLINEを開き、彼に会えるのだから。それにしてももう一度飲みたかったなぁ。御冥福をお祈りします。