先日、国際海浜エントランスプラザで木漏れ陽ガーデンが開催された。その内容は色々な種類の球根をばら蒔き、それをみんなで植えようというものである。去年初めて家族で参加して楽しかったので、今年も参加することにした。まず一斉に球根を手に取り全員で地面にばら撒く。何百個もの球根が空中に飛んでいくのだから。その様は壮観である。普段は見られない光景だ。その後スコップを持って土に穴を掘る。その中に球根を植え込んでいくのだ。小さな子どもでも出来るので、親やおじいちゃんおばあちゃんと参加している人も多かった。

 考えてみれば普段土に触れる機会などまずない。畑仕事をする訳でもなく、又自分で花を植える訳でもないので土に無関心である。幼い頃はよく土いじりをよくしていた。だからスコップで土を掘ると何か幼い頃の記憶が蘇るような気がする。土は意外と硬く、スコップで穴を掘るのも一苦労だ。何箇所か穴を掘るとそれだけで、肩で息をする位の労力である。

 球根は一種類だけではなく。チューリップ、クロッカス、ヒヤシンス、ラナンキュラスなど色々なものが混ざっている。実はこれがミソなのだ。つまりどんな花が咲くかは来年の春になって初めて分かる。色々な種類があるということは花の形や色が一つずつ違うということである。一緒に行った5歳の孫も一生懸命に穴を掘っていた。ついそのまま顔の汗などを拭いた際に顔に土がついてしまう。それも楽しい体験として記憶に残る事だろう。球根を土に埋める度に孫が「綺麗な花が咲きますように」とお祈りしているのがとても可愛らしい。5歳ながら半年後のこの場所の様子を想像しているのだろう。

 約2時間かけてようやく全作業が終わった。みんな満足そうな顔をしていた。それは今回の事だけでなく、半年後花が咲き乱れている風景を想像しているからなのだろう。みんなニコニコしている。去年は知り合いから半年後綺麗に咲いた花達の写真がラインに届いた。実に色々な色と種類の花が一斉に咲いている。

 その時ふと思った。こうやって色々な花の球根を植え、花を咲かせるというのは人も同じではないだろうかと。今からは海外から色々な国の人が日本で働き恋愛し結婚することも当たり前になってくるだろう。すると生まれた赤ちゃんの皮膚の色が白い、黒い、黄色いというのは生まれるまで分からないことが起こるかもしれない。色が違うからという差別はあってはいけない。咲いた花の色、形が違うのは人間と同じだ。そういうことも考えさせるイベントなのかもしれない。きっと色々な花が色々な種類の色で咲き乱れていることだろう。半年後が楽しみだ。