その店を訪れたのはもう50年近く前である。何となく面白そうな店だったのでふらりと入った。中は少し薄暗く、中年の女性がカウンターの中に立っている。注文してふとカウンターの横を見ると、小さなレコードプレイヤーが置いてある。その横にはドーナツ盤のレコードが数枚あった。「これで音楽を聴くの?と尋ねると、それはカラオケ用だと言う。当時8トラットのカラオケスナックはあったが、こんなレコードをバックに歌う店はなかったのでちょっとびっくりしたと同時に、カルチャーショックを受けた。

 それからビルの建て替えの為に新しい店になった。建物の2階の一番右奥にあり、カウンターは7、8人が座れ、左側はテーブル席になっていて10人位は坐れる。壁にはギターが2、3本ぶら下がっており、好きな時に好きなだけ弾いたり歌ったりすることが出来るようになっている。一度友人を店に連れて行ったことがある。暫くするとお客さんがギターを手に取り弾き始めた。そこで私も一緒にとギターを片手に演奏することにした。友人は目を丸くして「どうしてそんなにすぐ一緒に弾けるの?」といぶかった。その理由は簡単だ。曲にはコードというのが必ずある。知った曲であれば、それを同じように弾けば演奏できるのである。慣れてくると、知らない曲でも次はこのコードじゃないかと思いながら弾くことが出来るのである。

来店される方の職業も実にバラエティーに富んでいて、すぐ隣同志が初対面なのに仲良くなれる不思議な店であった。それはママが実に上手く二人の橋渡しをしてくれ、すぐ仲良くなれるのである。

 満席の時が多かったが、大雨の日や早い時間はさすがに来店される人も少なく、そういう日はギターを独り占めにして延々と2時間近くも歌ったことがある。実はこのようなギターが壁にぶら下がっていていつでも誰でも演奏を楽しめる店は何軒もあったのだ。しかしその中でかすみが一番居心地が良かった。何となく心が落ち着くのだ。落ち込んでいる時は叱咤激励をされることもよくあった。しかしカスミのママの一言で気分よく帰路に着くことが出来た。

 よく通っていた時期はママが70代後半の頃だった。私と16歳の年の差があったので、10年後は私もこんなに元気に楽しく仕事を出来ているだろうかといつも思っていた。それが突然の訃報。88歳で亡くなられた。さだまさしが好きで、壁にいつもさだまさしのポスターが貼ってあった。さだまさしも宮崎公演の時は必ず店に寄っていたという。本当に良い店だった。