生まれて初めて号泣した。カーラジオのスイッチを入れると、中島みゆきの『ファイト』という曲がかかっていた。この曲は人に勇気を与える楽曲とは聞いていた。その歌詞の内容を聞くと元気が出るというのである。そんなことはないだろうとずっと思っていた。しかし号泣してしまったのである。その詩はシリアスで暗い内容なのであるがその中に『闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろう』という部分がある。ここに号泣したのだ。それは何故か?

 開業して36年以上も365日、24時間ずっといつでもお産に駆けつけられるようにしていた。ドライブ、会食などの予定を組んでいても半分位は行けないのである。出かける時は絶対1時間以内に戻って来られる所まで、夜中は3分以内に分娩室に駆けつける。もし異常がある時は、どんな寒い夜中でも救急車に同乗して病院に搬送する。そんな毎日を送ってきた。

 今まで1万人以上の赤ちゃんが無事生まれてスクスク育っている。開業当初に生まれた赤ちゃん達は40歳近くになって、バリバリと仕事や育児を頑張っている。時々その子やその親と街でばったり会うことがあったり、取り上げた子が赤ちゃんを生んだりしたという話を聞く。そういう話を聞くと、私が全身全霊を傾け、その子達を無事出産させることが出来たことを誇りに思う。しかし残念ながら家庭では良い父という存在ではなかった。

 ある日、フェニックス自然動物園で3歳の娘に、「もしこれが鳴ったらこの売店にすぐ来てね」とポケベルを渡した。すると子どもは喜んで中にある遊園地に走って行った。その時だ。私のポケベルが鳴ったのは。急いで電話すると、お産の人が入院して来ましたと言う。 

 そこで娘のポケベルを鳴らすが、中々指定の場所に現れない。暫くすると走ってきた。観覧車に乗っていたので、すぐに来られなかったらしい。ようやく観覧車が止まり降りたと同時に「早く」と手を無理矢理引っ張り引きずるように出口まで走った。

 それ以来「一緒に出かけよう」と声をかけても「またすぐ帰らなきゃいけないんでしょ。だから行かない」と子どもの信用を無くしてしまった。家内も「あなたいつも怖い顔しているわね。近寄り難いわ」と言われ敬遠されてきたのだ。極端に言うと、仕事の為に天涯孤独になっていたのだ。

 そんな時この歌を聴いた。何故涙が出るのか分からなかった。しかし家に着く頃には号泣していた。「ファイト!」何度も叫びながら…。