パラリンピックが終わった。パラリンピックが始まったのは1952年。それが1988年より名称を変更して今に至っている。東京で開催されたというのもあるだろうが、今回ほど注目を浴びたパラリンピックはないのではないだろうか。

 例えば目の不自由な人達のサッカー。まるでボールが見えているかのようだ。水泳でも目の不自由な方をタッパーという仲間が選手の背中を優しく叩く。そういうことでプールの壁に頭がぶつからないようにしているのだ。

 中でも両手両足が殆ど欠損している中学3年生の山田美幸選手がイルカのような泳ぎで“50m背泳ぎ”で銀メダル。又、鈴木孝幸選手も生まれつき両足欠損と右手肘先欠損というハンディを持ちながら“男子100m自由形”で金メダルを獲得した。体のハンディーを物ともせずにプレーをしているその姿に涙が出そうなる。それを見ながら私が経験した分娩のことを思いだしていた。

 20年前位の話である。お里帰りの初産の妊婦さんの分娩に立ち会った。家族が立ち会い希望ということで分娩の直前に分娩室に入ってもらった。その中に白髪のおじいちゃんがいた。初孫ということでその首には一眼レフの大きなカメラをぶら下げていた。おそらく生まれてきたばかりの孫の写真を撮りたいということで大枚をはたいてわざわざ買われたのだろう。

 無事赤ちゃんが生まれたので、その赤ちゃんをいつものように私が両手で抱き上げすぐに家族に見せた。するとそのおじいちゃんの顔色が変わった。何故なのかその時は気付かなかったが、赤ちゃんの手を見ると片方の手が肘の先がない。すぐ横のベビーベッドに赤ちゃんを寝かせていたら、おじいちゃんがすぐそばに寄って来て「何とかこの子に手をつけて下さい。お願いします」と頭を下げられた。そう言われてもそんなことは不可能だ。そうおじいちゃんに話すとしょげて分娩室から出ていかれた。私も胸が張り裂けそうになった。五体満足で生まれてくるとばかりいた。それが、片手が肘から先ないのだ。私自身も今まで経験がないので頭の中が混乱した。

 退院する際、片手のないハンディーを背負ったけど、なんとか元気に過ごして欲しいと思いながら見送った。もしかしたら今何かのスポーツをしているかもしれない。もしそうなら将来パラリンピックに出場して、その勇姿を見せてほしいと思っている。