私は小さい頃、アジサイの花が大嫌いだった。それは担任の先生がアジサイ大好きで、今頃の季節図工の時間になると必ずアジサイを描かされたからである。アジサイの花は花びらが沢山あり、スケッチするには面倒臭いので嫌だったのだ。しかも花の色がほぼ同じで色の変化が付けにくい。これほど描きにくい花は他にはないだろう。

 しかもこの先生はエコひいきが激しく、気に入った女の子にはものすごく優しいのである。その中でも小柄な彼女は大のお気に入り。彼女の傍にずっといて指導するのだ。だから彼女が描いたアジサイはもの凄く上手く、小学生が描いた絵とは思えなかった。

 アジサイ→絵→彼女→エコひいき→先生という繋がりでアジサイが嫌いになったのである。しかもアジサイの花が綺麗な時期は梅雨で外で遊べない。そういう風なフラストレーションもあったのかもしれない。そういう訳でずっとアジサイが嫌いだった。

 しかし最近アジサイが好きになった。雨に打たれ、通り行く人にもあまり振り替えられないという可憐さもいいと思う。だが何といっても、光によって色が微妙に変わる所がいい。アジサイはやはり「紫陽花」。光の七変化によって変わる様子は人の心を引き付けて離さない。

 先日山之口にあるあじさい公園に家族連れで出かけた。行くときに降っていた雨も着いた時は小降りになった。石段を登ると頂上はお城になっている。そこまでの小道の脇に数えきれない程のアジサイが咲いている。雨に濡れたアジサイは実に綺麗だ。小さい時のアジサイアレルギーなどすっかり忘れさせてくれる。孫達はびしょびしょになった遊具に夢中である。孫達の目的はアジサイではなく遊具で遊ぶこと。このアジサイの美しさに気付くのは何年後だろう。