8月20日で当クリニックは35周年を迎えました。昭和60年(1985年)、宮崎市松橋(今シャトレーゼがある場所)で開業しました。東京医科大学を昭和50年(1975年)卒業し、昭和54年(1979年)4月県立宮崎病院産婦人科に赴任しました。当時はまだ戦後建てられた2階建物でした。そして昭和60年開業しました。35歳の時でした。卒業して10年で開業しました。開業年齢として早い方だと思います。

 開業した最大の理由はやりたいことがやりたかったということです。その一つが入院したら患者様に個室でのんびりしてもらうことでした。個室にTV、洗面所、電話、トイレを装備し、トイレも当時は珍しいウォシュレットでした。

 待合室には国会をイメージしたふかふかした赤い絨毯。グランドピアノ、テレビは置かず、その代わりに多画面モニターを流していました。窓にはレースカーテン。エレベーターも完備しました。当時はかなり忙しく1日8人も生まれた日もありました。

 その後天満橋が出来ることになり、急に立ち退きということになりました。開業して15年してからのことでした。移転先は色々悩みましたが、実家が空家になって誰も住んでいなかったので、上野町に引っ越すことにしました。平成13年(2001年)1月1日に移転開業しました。引越しは大変でした。患者様は勿論のこと、500個位の荷物も移動させるのですから。

 実家なので回りには知り合いも多く、何といってもニシタチが近いのが魅力でした。ニシタチに行っても2、3分で戻れるのですから…。

 いつも考えることがあります。一つは産婦人科医になって良かったのか?二つ目は開業して良かったのか?三つ目は移転して良かったのか?この三つがいつも脳裏を横切ります。そして結論付けました三つとも大正解だったのだと…。何故なら今でも仕事が楽しいからです。楽しいから続いているのです。

 これからも体力が続く限り仕事を続けようと思います。つまり一生現役です。自分の夢を追い続けながら今日も診療にあたります。