30年以上前の話。朝起きて朝食を摂り、さて仕事をしようとエレベーターに乗った時である。背中から腹部にかけて激痛が走った。今まで経験したことのないような痛みである。思わず「アイタタ」と言ってしゃがみ込んでしまった。

 息が出来ない位痛い。暫くベッドで横になって様子を見ていたが、いっこうに痛みは治まらない。冷や汗がタラタラと顔を伝って落ちる。体全体がまるで氷になってしまったと思う位冷えていくのが分かる。

 『医者を!!救急車を!!』自分が医者であることを忘れてしまう位の痛みである。食あたり?結石?心筋梗塞?急性胃炎?救急マニュアルのページをめくるように色々な病名が頭の中を駆け巡った。まぁ、子宮外妊娠ではないことは確かであるが…。

 救急外来に担ぎ込まれて痛み止めを打ってもらったが全く効かない。相変わらず冷汗がタラタラと流れて、もう殺してくれと言いたい位の気持ちであった。

 入院して一晩中ベッドの上で転げまわった。朝方になると少しずつ痛みも和らぎ、昼頃になるともう痛みも感じなくなり退院した。

 痛みの原因はよく分からなかったが、こんな痛いのは初めてだった。入院中一つだけ痛みに対しての法則が分かった。それは傍に人が居ると、痛みは和らぐよりも強くなるのだという事だ。不思議と思うかもしれないが、人が傍に居るとつい心が甘えるのだろう。痛みが強くなるのである。

 その痛みが又2、3年前起こった。起こったのは夜中で腰を曲げないといけない位痛い。夜中なのでとりあえず救急病院に行った。痛みからすると尿管結石だろうとのこと。点滴をして結石を洗い流そうということになった。しかし中々痛みは治まらない。

 結局朝を迎えた。とりあえず座薬を入れて様子をみましょうとの事。座薬というのは何となく抵抗がある。お尻からブスッと異物を入れるのだ。何となく気持ち悪そうだ。それでも痛みが止まるのであれば、文句なんか言ってる場合ではない。早速自分で入れてみることにした。

 とても勇気が要った。たかが座薬のことでそんなに大騒ぎするなんてと分かっていても、何か異物が体の中、しかも肛門から侵入してくるのは何か気持ちの良いものではない。

 「座薬の先に唾をつけると入りやすくなりますよ」と担当医は言う。3回深呼吸してちょっと座薬の先端を舐めてみた。少し抵抗はあったが無事中にスルリと入っていった。「力むと出てきますから、指で奥に押し込んで下さい」。恐る恐る言われるがまま押し込んだ。「そのうちに効いてきますから、家に帰りしばらく様子を見て下さい」と言われたのでとりあえず帰ることにした。

 家に帰り着くと嘘みたいにその痛みが無くなっていた。あんなに転げ回るくらい痛くて「いっそのこと殺して下さい」と叫んでしまいたい位だったのが全く無くなったのだ。

「又なるかもしれませんから5個座薬を上げます。帰られたら必ず冷蔵庫に入れて下さいね。そのままにしておくと柔らかくなって溶けてきますから…」。それから幸いにものすごく痛いこともなかった。

 その時頂いた座薬は今でも大切に冷蔵庫の中に鎮座している。まるで御守りのように。

 万国共通の痛みの言葉

 日本語 アイタ、アイタタ

 英 語 アウチ

 仏 語 アイー

 独 語 アウチ

 中国語 アトシ

 いずれもAで始まる単語である。つまる所Aという発音はお腹に力を入れて交感神経を刺激し痛みの防禦をはかるだろう。

 今日も全世界でどれ位の人がAで始まる単語を発して痛がっているのやら。そして医者がどれだけ痛みを和らげてくれているのやら。頼みますよ、名医の諸先生方。