私の趣味は、色々な飲食店に一見の客として飛び込むことだ。そこで初めて会う店主と、世間話をするのがとても楽しみなのである。
例えば山形屋の裏にあった「T」という中華料理店。メニューはラーメンと餃子しかない。カウンターの席に7~8人も座ると一杯になる位小さい店だ。
夏の暑い日だった。中に入り「冷やし中華と餃子を下さい」と言うと、店主のおじさんが「この店はネ、冷やし中華なんかないの」と言う。でもよく見ると、隣りの客が冷やし中華を美味しそうに食べているではないか。
「おじさん、この人のは冷やし中華じゃないの?」と尋ねると「あのネ、これは冷やし中華じゃないよ、冷麺という食べ物なの。もしあなたがね、外国に行って向こうの人に『冷し日本』下さいなんて言われたら、不愉快じゃろが…」。
そのもの凄い形相に、小さい声で「じゃ冷麺下さい」と頼んだ。大・中・小があるというので「大を一つ」と言ったら、また突然「あんた『大』食べられるの。もし残したら承知しないからね」。
隣りの人の冷麺は、かなりのボリュームガあったので「じゃ『小』ね」。しばらくするとそれは美味しい冷やし中華、イヤ冷麺だった。
餃子がまだ出てこないので「おじさん、餃子まだなの?」と催促すると、「お客さん、うちの餃子は作るのに30分かかるよ。今餃子の皮を麺棒で薄くしている所だからね。まだ大分かかるよ。待てなかったら、帰ってもらって良いよ」。とにかく、こりゃ変な所に来たと思った。
緊張していたので喉も乾いたので「おヒヤ下さい」と言うと、もっとすごい形相になり、「うちには水なんか置いてないの。冷麺のツユを全部飲めば、水なんか必要ないの。イヤだったら出てもらってもいいよ」。
次に駅の近くにある「K」という小料理屋さん。中に入ると何のメニューもない。「何にします?」と尋ねられたので、「何があるの?」と聞いてみるとうちは白と赤しかないと言う。
「何ですか、その白と赤というのは?」と不審に思い尋ねると、白身と赤身の魚という意味らしい。注文する時は、アジとかカツオを下さいというのが普通だが、この店では例えば「白下さい」と言うと、ヒラメ、タイ、スズキなど白身の魚、赤と言えばマグロ、カツオ、シビなどの魚が出てくる仕掛けになっているらしい。なるほどうまく出来ている。そこで、その日は赤と白の半分ずつ頂くことにした。今日は、白はイシダイ、赤はカツオという。白と赤と分けることで無駄が出ないので安くお客様に提供出来るのだという。なるほどと感心した
中央通りにある「K」という店。その日に自分で釣ってきた魚しか出さない。だから海が荒れていたり、魚が釣れなかったりするとお店は休みだ。釣った魚は客の目の前にある水槽に入れ、その日のうちに全部出す。売切れた時が閉店なのである。
中に入り、壁に貼ってあるメニューを見たら、イサキ、アジ、カワハギ、イワシと書いてある。そこで「じゃとりあえず盛り合わせ作って下さい」というと、赤銅色に日焼けした恐い顔を近づけ「お客さん、うちにはモリアワセといいう魚は置いてありません」と言う。つまりモリアワセという魚などこの世に居ないと言いたかったのだ。
仕方ないのでメジナを注文した。一匹が30cm位あるので、一人で食べられるかどうか心配だったが、横に座っていたお客さんが「じゃ、オレその半身をもらうわ」と言ってくれて助かった。もし一人で食べていたら、食べ切れなかったに違いない。片身3000円だったが、コリコリして実に美味しい魚だった。
山之口に「T」という焼き鳥屋がある。そこの店主は、いつもベロンベロンに酔っぱらって料理を作っている。満足に立っていられない様な時もある。だが気が乗ると、普通は食べられないようなものを食べさせてくれる。
例えば鶏の心臓の刺身。それを刃渡り50cmもある包丁に刺し、カウンターの上から直接お客さんに差し出すのだ。酔ってなくても、 酔っぱらっているので手元も危なっかしい。しかも「まずいと言ったら承知しねぇぞ。このままブスッとやるからな」と本気か冗談か分からないことさえ言う。まさに食べるほうも命がけだ。
友人にこういうふうな店の話をすると、首を傾げながら「そんな変な店には行ったこともない」という。類は友を呼ぶというが、まさにそういうことらしい。さて次はどんな友を呼ぶ店に行こうか!