院内新聞のコアラ通信を始めたのが平成2年1月1日。それから毎週発行してきた。それを1冊の本にまとめようと出来たのが初めての本『うぶごえ』という本だ。
表紙、イラスト、文章、装丁すべて自分で考えて作った。生む苦しみは味わったがその分自分で作った充実感がある。
自分の本を手にして読んでみると、なにか頬が緩んでくる。ここに作者が居るのだ。自分がこの本を書いたのだ。作者は私なのだ。オホン!
本の表紙から裏表紙まで赤色で統一され中々の出来である。カバー、表紙、前扉、目次、そして春夏秋冬の順番でストーリーが展開する。何気ない本の作りなのだが、中々洒落ていると思う。本屋さんの片隅にでも置いてもらえるよう出版社とも交渉した。
その晩であった。蒸し暑くて寝苦しいこともあったのだが、夢ばかり見ていた。
本屋さんに山ほど積み上げられた自分の本。本屋全てが自分の本だ。わっ凄い!と思って喜んでいるとその前にベタッと張り紙がしてある。”この本全て返本”わーっ。そんなバカな。せっかく作ったのに…。
ハッと目が覚めると夢だ。その夢のくり返しで朝を迎えた。
眠たそうな眼をしながら早速何冊かの本を小脇に抱えてセールスに回った。とりあえず友人に見てもらおう。そしてよければ買ってもらおう。そう一人で呟きながらバイクに飛び乗った。
途中、買い物を思い出し、買い物をしていると女性が声を掛けてきた。
「谷口先生じゃないですか。真黒く日焼けされて誰かと思ったわ」
「そうですか。とても元気にしています。ところで私が書いた本が今日発売になるんですよ。よろしかったらここに一冊ありますから、お買いになりませんか」
「どれ、この本ですか。あらたったの千円!それじゃ買いますわ。千円で良いんですね」
生まれて初めて本のセールスをして買ってもらって気持ちは天にも昇る気持ちであった。一冊売れたぞ。どれ、もう一冊友人に届けよう。ソソクサと早足で店を出た途端であった。
「ガーン」
何が起こったのか分からなかった。とにかく頭の上をハンマーみたいなもので殴られていた。
その場にうずくまると頭から血が噴きだしてきた。そして歩道のタイルが自分の血で瞬く間に真っ赤になっていた。まるでアクション映画のシーンを見ているようだ。だが自分が本当の主人公なのである。
店員が駆け寄ってきて、ハンカチを当ててくれた。ハンカチで額を押さえるが、止めどなく血が流れ出てくる。ハンカチも見る見るうちに血に染まり、歩道にポタポタと血が落ち始めた。「救急車呼びましょうか」「すぐ縫わないと…どんどん出血しますよ」
フラフラしながら「いいです。大した事ありませんから」
でも何故頭なんかから血が出ているのだろう。只歩いていたのに急にケガするなんて…。流れる血をぬぐいながら上を見上げると、店のシャッターがある。そうか、7時の閉店時間が来て少しずつ扉が下がってきていたのだ。少しずつそのシャッターが下がってきて、ちょうど私のおでこの高さになった時に私が通りかかったのだ。しかし嬉しくて心はもう飛んで行きたい気持ちだったから目に入らなかったのだろう。病院に担ぎ込まれる車の中でうずくまりながら思った。
〝お前ちょっと頭が高かったなぁ”
因みに『うぶごえ』後は『女が女を知る本』『こもれび』『男がお産する日』『キッズ通り1/8』『パンドラのおもちゃ箱』『GO!GO!パラダイス』『心ぽかぽか』『戦争と人間』『21世紀への提言』『夫婦』『未来への処方箋』『投稿マニア~愛と癒しのメッセージ』『生きる力』『人生楽しくピッポッパッ』と15冊もの本を出版し、本屋さんでも販売した。しかし全く売れず、足の踏み場もない位の返本の山で今や置く所がない。やはり『頭が高かった』と反省している。