「僕はね、大学を卒業するとすぐバイトをし始めたんだ。医学部を卒業しても無給だろ。他の大学の同級生に比べ貧乏な訳さ。食べるのも毎日カップ麺、腐れかけて安くなったバナナ、賞味期限の切れそうな豆腐、パンを買って何とか食いつないでいたのさ。そんなある日何気なく新聞を開いたらアルバイト募集の広告があったんだ」
「どんなアルバイト?」同級生が身を乗り出して尋ねる。
「それは先生の補助!」
「補助ってどういうこと?」
「いやたいしたことじゃないんだが、小さなクリニックの院長先生の手伝いをしてくれとの依頼だよ」
「へぇー。でも内容が分からないと出来るか分からないよね」
「そうなんだ、だからとにかく行ってその先生と話しをしなくてはとそのクリニックを訪ねたんだ」
「どんなクリニックだった?」「うん、造りは普通なんだが先生が何となくユニークな顔をしているんだ」
「ユニークってどんな風にユニークなの?」
「それはね、おデコが顔の半分位あって、フランケンシュタインみたいな顔をしているんだよ」
「そりゃ怖いね」
「でもね、指先はキレイにピンクのマニキュアが塗ってあってね、まるで少女の指みたいなんだ」
「そりゃびっくりするね。想像しただけでこりゃ何者ということになるよね」
「それにね、白衣の背中にはアンパンマンが描いてあるのさ」
「へぇそりゃますます怪しい先生だね」
「バイトをして数日後、目が痛いといっておじいちゃんが飛び込んできたんだよ。本当に片目が真っ赤になっていて痛そうだった」
先生が「どうしたんですか?」と尋ねたらそのおじいちゃんがこう言った。
「実は先生。私の友人が来たので孫の自慢話をしたんですよ。昨年孫が生まれましてね。本当に待ちに待った孫だったんですよ。もう天使みたいに可愛いくて、可愛くていつも写真を胸のポケットに入れて自慢してたんです。相手の友人はまだ孫がいなくていつも孫が早く生まれないかなーと首を長くして待っていたんですが、待てど暮らせど生まれないのでイライラしていたんでしようね。その時私がその友人によけいな事を言ってしまったんです。『孫は目に入れても痛くないというでしょう。本当にそうですよ。もう可愛くて、可愛くてたまらない』そう言っていると孫が向こうから走ってきたんですよ。『じいちゃん』ってね。そこで事件が起こったのです。
その友人が「お前孫を目の中に入れても痛くないと言ったよな。それなら今目の中に入れてみろよ!」
「そんなこと言われても出来るわけありませんよね。そこで断ったんです」そしたら友人は「お前はいつもホラを吹いて嘘つきだ。だからみんなに嫌われるんだ。言ったからには実証してみせてくれ!」ととんでもないことを言うのですよ。その上そいつに借金していたので、それを今すぐ返せ。でなきゃお前を殺すというのです。それで渋々やることにしたんです。
「一体何を?」友人が身を乗り出して尋ねた。
「それは孫を目に入れて痛くないということを証明してみせろというのです。そこで孫をつかんで目の中に入れてみたという訳です。そしたらもう目が痛くて、痛くて勘弁してくれと懇願したんですがダメで、嫌がる孫を押し込んでしまったんです。そしたらこのように目が痛くなってたまらなくてここへ来たという訳です」
なるほどそういうことだったのかと、目を見ると目の中から孫が手を差しのべているのが見えた。そこでその手をつかんで思い切って引っ張った。一人じゃ無理だったので助手の私も一緒に引っ張ったんだ。そしたらおじいちゃんの目からようやく出てきた訳さ」
「ほーそうなの、にわかには信じられないけどね」「本当なんだよ。いろんな人にその話するけど、誰も信じてくれないだ。しかしこれだけは本当らしい。そのじいちゃんが孫自慢する際、「目に入れても痛くない孫なんてこの世にいない」と孫を自慢する際必ず言うようになったんだよ。当たり前だけどおもしろい話だっただろう」友人は思わずこっくんと頷いた。