患者さんを担架に乗せ、救急隊員と一緒に運んだ時、
隊員の靴に私の爪先が引っ掛かってしまった。
その瞬間、足に激痛が走った。チラッと足の指を見ると、
親指の爪が半分ブラブラしている。どうやら生爪をしてしまったらしい。
「痛い、痛い」と手で足の指を押さえたいところだが、
手を離すと患者さんを落としてしまうので、
「我慢、我慢」と歯を食い縛り救急車に乗った。
内心、私の方が担架に乗りたい心境だった。それ位痛かったのだ。
走る救急車の中で恐る恐る足の爪を見みた。
するとうっすらピンク色に爪が染まっている。
どうやら爪の中で出血をしているらしい。
そっと爪を剥いでみると見事に半分位は剥げていて、
あとの半分位はかろうじて残っているようだ。
いつもは急患の容態を気にしながら、救急車のサイレンを聞いているのだが、
今日は何か私自身が急患で送られている心境だ。
急患が一段落したところで、もう一度爪を見た。
やはり爪はブラブラと申し訳程度にくっ付いている。
とりあえず救急病院の看護師に消毒だけしてもらった。
家に帰ると、生爪は感染を起こし大変な事になるから、
早く診てもらった方がいいという。そこで近くの整形に行った。
足を見るなり「生爪だね。半分残っているから、
とりあえず半分だけ取ろうか」というとブスッと麻酔を注射された。
心の準備もなく突然だったので、飛び上がるほど痛かった。
私も手術にこの同じ麻酔をよく使うのだが、
麻酔をする時患者の動作があまりにも痛そうにしているので、
大袈裟だなぁと思っていたが、やはり痛いのだ。
「痛い!!」と言っても容赦なく何箇所も針を刺していく。
そのまま待つ事5分。ようやく麻酔が聴いてきたのか、
痛みは嘘みたいに止まった。
「じゃぁ、半分切るからね」と切除を始めても痛みは全くなかった。
さすが麻酔薬。
半分切り取って「はい、これでおしまい」と言われた時はホッとした。
ところがよく見てみると、残った爪の下にも感染があり、
膿が溜まっているという事で急遽残り半分も切り取る事になった。
つまり左足親指の爪は全てなくなってしまったのだ。
感覚のない指に消毒をし包帯を巻いてくれた。
「ありがとう」と礼を言い病院を出た。
ところがそれから1時間位してからジンジンと痛み始めた。
心臓の鼓動のリズムと合わせるように足の指も痛む。
毎日消毒して薬も飲んだ。
風呂に入るのも面倒臭いので、2~3日入らなかったらさすがに汗臭い。
家内に「ビニール袋を出しておいて」と言ったらスーパーの買い物袋が置いてある。
「これじゃダメだから、ビニール袋を出しておいて」と言ったら、
今度は果物を入れる位の大きさのビニールをくれた。
「これじゃダメ。小さいの…」と言うと渋々ゴミ袋を持って来た。
これなら大丈夫。左足を入れ、輪ゴムで止めガムテープで固定した。
久しぶりに入る風呂は気持ちが良かった。
風呂から上がり袋を取りゴミ箱へ捨てた。
次の日家内が「昨日使ったゴミ袋どこにあるの?」と尋ねる。
「捨てたよ」と言うと「もったいないわね、まだ使えると思い今日使おうと思っていたのに…」
「おいおい、俺の足とゴミ袋どっちが大事なんだよ」と問い詰めると
「フン」と一つ息を吐き、ニヤリと笑い分かっているでしょという顔つきをして台所の方に行った。
さて家内にとってどちらが大切なのか、今だに私には分からない。