開業して数年経った頃、熱帯魚に興味を持った。ヒラヒラと優雅に水槽の中を泳ぎ回る姿は見ているだけでうっとりする。そこで近くの熱帯魚ショップに買いに行った。

 店の中では、熱帯魚の定番のグッピーやエンゼルフィッシュなどがいて、その横にも数えきれない位の熱帯魚がいる。観ているだけでその中の世界に引き込まれる。うるさい外界から遮断された中で、優雅に泳いでいる姿にその世界にはまりそうになる。

 早速数匹を買い求めることにした。当然熱帯魚を育てる為には水槽、温度計、ヒーターが必需品だ。玄関の所にデーンと水槽を置き、水を入れ、ヒーターも付け、サーモスタッドで水温調整し慎重に熱帯魚を入れると、水の中でキラキラ光りながら泳いでいる姿にうっとりしていた。

 エサをあげすぎると、水が濁り死んでしまうので、1回に与えるエサは耳かき一杯程度だ。仕事が終わると「ただいまー」と言いながら、すぐ熱帯魚に見入っていた。

 ある寒い冬の日の夜、いつものように会いに行くと、魚がプカプカ浮いている。おかしいなと思い水槽に手を突っ込むと、暖かいはずの水が冷たくなっている。その瞬間「えーっ」と頭の中が白くなってしまった。

 見ると、何とヒーターのコンセントが抜けているではないか。その為に水温が下がって魚達は凍え死んでしまったのだ。

 それ以来、熱帯魚を飼うのは家族に反対されずっと飼えなかった。

 ところがそれから暫くして、ホテルのカウンターの上の水槽に30cmもある立派なアロワナが泳いでいた。買えば4~50万円はしそうな立派なアロワナである。近付いてみると実に悠々と水槽の中を泳ぎ回っている。その姿はやはり熱帯魚の中の王様と言われるに相応しい泳ぎだ。

 やっぱり良いなぁ。又熱帯魚を飼いたいなぁと思い、アロワナが近付いてこちらを向いた隙にちょっと水槽を突っついてみた。アロワナはびっくりして向こうに行くかと思っていたが、全く無視するかのように悠々と泳いでいる。もう一度指で水槽を突いてみた。だが、全く無視。さすがアロワナの貫禄である。

 何回かやっていると、ホテルのフロント係の人が近付いてきた。突っつくのはやめてほしいと言われると覚悟したが、こう言った「これは水槽型の、ハイビジョンテレビに魚の映像が映るようになっているんです。嘘とお思いでしたらちょっと変えてみましょうか」。そう言うと上のフタを開け、フロッピーディスクを入れ替えた。すると今までアロワナが悠々と泳いでいたのが、クラゲが泳いでいる画面に切り替わった。なるほど上手く出来ている。よく見ないと本物と区別がつかない。

 これは欲しいと思った。電源さえあれば、エサも水温のチェックも水槽の清掃も必要ないのである。早速直ぐ注文した。数日後それはやってきた。箱から取り出しデーンと待合室のピアノの上に置いてみた。電源を入れてみると、やはりそのゆったりしたアロワナの泳ぎはバーチャルなものとしてもゆったりした気分にしてくれる。初めて見る人は、私が最初にやったことと同じことをする。つまり水槽を指でツンツン突いてみるのだ。やはり人間というのは同じようなリアクションをするものらしい。残念ながら今はもうそのアロワナは居ない。

 その代わり今は本物の熱帯魚が待合室の水槽で泳いでいる。それは娘夫婦が飼っていたものを譲ってもらったのだ。週に1回、水槽を娘夫婦に清掃してもらっている。そうでないと直ぐ藻が水槽のガラスにへばり付き、熱帯魚を見られなくなってしまうのだ。管理する方も大変なのだが、その甲斐あっていつも可愛い熱帯魚が見られるのだ。キラキラと泳ぎ回る熱帯魚はお母さんに連れられて来た子どもさんに大人気である。その水槽から離れようとしない。やはり本物の熱帯魚は見飽きないものらしい。