「悔しい!何でこんな人がいるの、許せない!」といつもは控えめな家内が大声を上げた。
「どうしたの?」と尋ねると「病院の玄関が殺風景だったので昨日綺麗な花が咲いている鉢買ったの。今朝見たらもうないじゃない。色々探してみたけど見つからないの。悔しくて、悔しくて…」
「何だそんなことで癇癪起こして。良いじゃない。きっと綺麗だったから誰かが持って行ったんじゃない。どこかで誰かの目を楽しませていると思えば良いじゃないの」そう慰めたが「あなたそんなこと言うけどね、寂しかった病院の玄関を明るくしようと思い買ってきたのよ。一晩でなくなるなんて悔しくて悔しくて…」
その話を聞きながら先日の新聞記事を思い出した。話はこうだった。
ある所に花を好きな人がいて、いつも玄関わきに花が植えてあった。毎日水をやり肥料をやると少しずつ大きくなり花が咲く。苦労も多いが綺麗な花があると心も落ち着くので楽しみに花の世話をしていた。
ところがある日、朝起きて花を見に行くと花は根っこごと引き抜かれ、無惨な姿をさらけ出していた。唖然としたそれを見て、怒りが込み上げてきた。折角育てて綺麗に咲いているのに何故こんな酷い人がいるのだろう。毎日花の世話をしているのに、こんな人がいるようだったらもう辞めよう。
金網で回りを囲い盗まれないようにしなくては…。或いは花を盗らないで下さいという札を立てようか、色々アイデアを練った。1回こんな目に遭えば恐らくそんな風な対策を誰でも講ずるだろう。だがその人は違った。
次の日立札を立てた。それにはこう書いてあった。『花を愛する気持ちはあなたも私も同じでしょう。花を見ると心が和みます。私はその為毎日水をやり、肥料をあげて花を咲かせてきました。どうかここに咲いている花が綺麗だと思うのなら自由にお持ち帰り下さい。そうすれば私も本望です。但し抜き取った後は綺麗に植え戻して下さい。家主』。
こんな風な立札を立ててからは1回も盗難には遭っていないそうだ。それより自分で買った種を黙って植えていく人もいて、前より一層綺麗な花壇が出来上がったという。
どんなものでも盗られたら腹が立つだろう。どんな心が広い人でもそう思うに違いない。だがそれを逆に利用したこの人のアイデアは凄いと思う。