先日あるレストランに入った時の事である。メニューと一緒に水を持って来た。どこのレストランでもある風景だ。

 そこのレストランが美味しいものにこだわるかどうかは、この水の味で決まると常々思っている私は、メニューを見ながら一口飲んでみた。レモネードの炭酸を抜いたような味だ。ほんのりレモンの香がする。何かの錯覚かと思いもう一口飲んでみた。やはりレモンの味がする。

カウンター越しのシェフの顔を見ると「今日は美味しい物を食べさせてあげましょう」という顔をしている。

 メニューのアラカルトをいくつか注文し、料理の出てくるのを待った。しばらくして料理が運ばれてきた。そのどの料理もぴしっとした主張が織り込んである。とても美味しかった。食べた後にシェフに話を伺った。

「この水とても美味しいんですが、何か特別な水なんですか」「いえ、これは普通の水道水なんですが、浄水器を通してあります。そしてレモンの皮の部分をむいてスライスしてほんの一瞬浮かべるんですよ。そうするとこんな水になるんですよ」。

 なるほどこんな美味しい水をレストランで飲むのは初めてだ。

 話は変わるが、30年位前東京のデパートで買い物をしている時、歩き疲れてちょっとアイスコーヒーかビールを一杯飲みたくなった。ちょうど売り場の一部が喫茶店ようになっていて、喉を潤すのにちょうど良さそうだ。蝶ネクタイをして、黒のエプロンをかけたカフェバー風のお兄さんがメニューを持って来た。さてアイスコーヒーかビールと思ってメニューを見てみた。

 メニューの上にアクア・バーと書いてある。バーなのでどんなカクテルがあるのかな。こんな昼間からカクテル飲んだら、真っすぐ歩けるかなぁと思いながらメニューを眺めてみた。マンハッタン、マティーニ、シンガポールスリム、ジンライムなどどこにも書いていない。ビールのラガー、ドライ、スタウトなども書いていない。

 メニューをよく見ると『氷河の水』『北極の水』など18種類のメニューが載っている。いずれも一杯200~250円くらいだ。頭が混乱して尋ねてみた。「ビールとかカクテルとかないんですか」「ええ、うちはお水しか置いてないんです。水のバーですから…。すみません」。何!?水一杯が200~250円。変な店だなぁと思い、何も注文せず逃げ出すように店を出た。何という暴利バーだ。水一杯で金をとるなんて。危うく暴利をむさぼられるところだったと胸を撫で下ろした。

 今や水道水をそのまま飲む人は殆どいない。90%の人がミネラルウォーターを飲んでいるという。若者に限れば水道水など100%飲まないだろう。スーパーやコンビニでミネラルウォーターを買い求め、家ではミネラルウォーターの大きなサーバーを置いている。おかげでミネラルウォーターの売り上げはウナギ登りである。スーパーなどでは「エビアン」、「ボルヴィック」、「日本の天然水」、「森の水だより」、「六甲のおいしい水」、「富士山のバナジウム天然水」など何十種類ものミネラルウォーターが所狭しと置いてある。一昔前までは全く想像もしなかった光景だ。

 東日本大震災の時は放射能汚染が心配で、特にミルクを作る為のミネラルウォーターが不足し、大パニックになったのは記憶に新しい。宮崎のスーパーでもあっという間に店頭から姿を消し、しばらくの間手に入らなかった。 

 10年前に比べミネラルウォーターの消費量は3倍になっている。何と日本人一人当たり一年間で約20Lも飲んでいるという。その反動で一時期流行った浄水器の売り上げは年々下がってきている。

 人間の体の6割は水で出来ている。これから益々ミネラルウォーターを飲む人がもっと増えるだろう。まさに今の世の中「水商売」の時代になっている。

今500mlのミネラルウォーターを自動販売機で買うと1本120円位である。1Lにすると240円。ガソリンが今高騰して1L170円。考えてみるとガソリンより水の方が高いというのは何か腑に落ちない。それでも喉が渇くとつい買ってしまう。そう考えながらミネラルウォーターを買う自分がいる。