娘が芝居に出るという。今大学で演劇部に入っているのだが、どうやらその知り合いから人手が足りないということで頼まれたらしい。どうせ出るといってもチョイ役だろうと思っていた。
ある日新聞を開くと、新聞に広告が出ていた。それによると場所は国富の農村環境改善センターの大ホール。『涙と笑いの人情芝居。大衆演劇とんぼ座』と書いてあり、第一部『涙と笑いの人情芝居』、第二部『花の笹踊絵巻』とある。しかも当日券2500円もするのである。入場料を払うような本格的な芝居なので、せいぜい一言二言しゃべる役だろうと思ったが、とにかく家内と見に行くことにした。
家内は娘が出演するとあって少々興奮気味で、始まる2時間前に出なくてはとはりきっている。実際、その時間に出たが、まだ開演まで1時間以上もあり、お腹もすいたので近くの食堂を探したところ、ほとんど休みだった。ようやく寿司屋が一軒開いていたので、そこで食事をすることにした。家内と2人だけで食事をすることなんか本当に何年かぶりだ。これも娘のお陰だ。果たしてうまく役をこなせるだろうかと2人で心配しながら寿司を食べた。
さて、開演30分前位になったので、店を出て会場に急いだ。すると信じられない光景が目に入った。何とお客様が大勢いて中に入れないのだ。入口には何人もの人が入るのを待っている。折りたたみ椅子を50人分位用意してくれたのだが、それでも2~30人は立ち見である。
本番前にカラオケ大会があり、素人の年配の女性が3曲歌った。それが終わりいよいよ芝居の始まりである。幕が開くと、真ん中に若い娘風の女の子と男性が旅姿の格好をして立っている。どこかで見たような女性だと思ったら家内が横から「あれがそうよ。娘役で出るらしいわ」と言う。遠くてよく見えないが、そのセリフのトーンでようやく娘であるのが分かった。
筋書きは渡世人の兄貴分とその妹、そして弟分がいて、弟分と妹が結婚し弟分の実家に帰る。しかし、姑に妹が箒で腰をたたかれたり、火鉢の焼きごてで火傷をさせられたり、とにかくいじめられるのだ。そんな時に兄貴が訪ね、事情を知るやいなや姑ともみ合いになるが姑と兄貴が持っていた同じ形をしたお守りで、実は姑と兄貴と妹は親子で、弟分にとっての母親は育ての親だったといういわゆる人情話である。
周りを見ると、観客の1割位は涙を流している。私でさえほんの少し涙腺がゆるんでしまうくらいだから、涙が出るのも当たり前かもしれない。
家内は秋田の田舎の出身で、祭りでこのような芝居の一座が訪れるのを楽しみに見ていたらしい。だからこういう芝居が大好きなのだという。私はそういう経験はないが、何となくその気持ちは分かる。
芝居も無事終わり、娘が芝居用のメイク姿で舞台裏から出てきた。何とかやり終えたというホッとした顔をしていた。そんな娘と3人で記念写真を撮った。出来上がった写真を見て、初夏のひと時を楽しく共有した親子の楽しそうな姿が残っていた。又こんな機会があれば是非見に行きたいと思った。まぁ考えてみれば、夫婦揃ってやはりかなりの親バカである。