「たにぐちレディースクリニック」が建っている場所は実家があった所だ。そこにあった戦前に建てられた建物は木造で、白いペンキで塗られ、当時としては洒落た洋館であった。それから50年以上も経ち、柱は腐り、屋根は台風で飛ばされ、ペンキはペラペラに剥げ、その朽ち果てた建物は近所の子ども達に「トトロの屋敷」と呼ばれていた。
庭には様々な木が植えられていた。夏になるとバナナの木にはモンキーバナナがなり、秋になると柿の木に沢山の柿が鈴なりになり、ブドウのツルにはたわわにブドウがなった。
梅雨になると紫陽花が紫の可憐な花を咲かせ、スズランに似たツリガネ草やアイリスが庭を飾った。父は椿が好きで至る所に植え、それは巨木になり木陰を作った。秋になると金木犀と銀木犀のニオイが庭に漂った。だが椿と金木犀銀木犀以外は移転の際、全部切り倒し処分した。
応接室の横には木蓮の木があった。これは兄が大学に入った時に父が植えた木で、実家の建物を壊した時にどうしても又植えて欲しいと兄に頼まれていた。造園業者に相談すると「うまくいくかどうかは半々です」と言う。兄にそう返事をしたら「とにかく植え替えてくれ」という。そこで裏玄関の所へ植え直すことになった。兄は帰宮する度にロープでぐるぐる巻にされているその木をシゲシゲと眺めていた。
最初の年は植え替えたばかりだったせいかうまく花は咲かなかった。そして次の年の2月、「今年は咲くかな?」と毎日眺めに行った。すると2月下旬位に大きな白い花が次々と開き、前と同じきれいな花をつけた。早速それをデジカメに収め送った。兄はそれを見て大層喜んだ。やはり自分の分身と感じているからなのだろう。
そこで遅ればせながら、私もこの病院の落成を記念して木を植えようと思いたった。造園業者から分厚い木のカタログを取り寄せ検討してみた。桜やカエデなどの木も候補に上がったが、何となく当たり前のような気がした。そこでちょっと変わったのがあったのでそれにした。
それは「カラタネオガタマ」と舌をかみそうな名前の木である。カタログによると江戸時代に日本に入ってきた木で、神社などにもよく植えられている木だという。数年もすると4~5メートルまで成長するらしい。花はたった3センチ位しかなく、5月頃に咲くという。この花の一番の特徴は、その見栄えではなく香りだという。それは何とバナナみたいな香りがするというのである。ちょっと変わりものの点が私に似ていると思いこの木に決めた。
早速それを植えた。ちょうど今の季節に咲くということで、その木の近くに寄ると確かにバナナの甘い香りがする。今年はもうこれで終わりだろうが、来年からは初夏になるともっとバナナの香りが立ち込めるはずだ。
ちょうど道路の近くにあるので、通る人が「なんでバナナのニオイがするの?」と首を傾げながら通り過ぎる。それを窓から眺め、ウヒヒと悦にいっている自分の姿を想像すると、あんたの方がよっぽど「カラタネオガタメマ」より変わっていると言われそうだ。