年に一回、私も患者の気持ちになる日がある。それは人間ドックを受診する日である。一月になるとスケジュールを一日空け、自分の体を隅からから隅までチェックしてもらうのだ。これは毎年の恒例になっていて、開業して35年以上も続いているのである。35年前は受診しても殆ど問題なかった。肥満を除けば視力は表彰される位に良かったし、血圧もやや高い位で検査結果が返ってきても余裕の気持ちでその結果を見ていた。

 ところがここ3、4年前からデータは老化現象を少しずつ示しはじめた。体重も増え、血圧も上がり眼圧も上がってきた。食道に憩室が出来ているのも見つかった。去年は自慢の視力も落ち、片方の腎臓には石があるのも発見された。

 今年は受ける前からドキドキしていた。2、3日前より胃の膨満感があり、トイレも夜間は2~3時間毎になっている。又、足の先が電気毛布を敷いて寝てるのに、ジンジン痺れたみたいで冷たいのである。更に手の湿疹は段々酷くなり、痒いのでステロイド剤も内服している。そんな風な状態だったので、行ったら何か見つかるかもしれないという期待と不安が入り混ざった状態で出かけた。

 まず受付をすると問診表を書かされる。今までは殆ど「なし」という所に印をすれば良かったのだが、今回は血圧が高い、胃が痛む、痒みがある、胸が苦しくなるなどの項目に印をつけた。つけながら患者さんはいつもこんな風に書いているのだろうなと思うと、たかが問診と言うなかれと反省した。

 まず受付でキーを渡され更衣室に行き、中でパンツ一丁になり検査着に着替えた。冬はいつも検査室が寒いので、私は必ず靴下はそのまま履くことにしている。何故なら靴下を脱ぐと寒くて血圧がすぐ上がるからだ。最初にする検査が検尿だ。初めて行った時に大失敗したことがある。それは人間ドッグの受付をした時、緊張のあまりトイレに行きたくなりトイレに行ってしまったのだ。それからすぐコップを渡され「尿を採ってきて下さい」と言われた。「エッ、今出したばかりなので出ません」と言うと呆れた様な顔をされ「それでは出るまで待ってますので…」と言われた経験がある。当院でも時々そういう人がいるが、何となくそれからその気持ちが分かるようになった。

 次は採血、たった一回だけと言ってもやはり痛いものは痛い。それでも「自分の為、自分の為」と心の中で呟きながらやってもらう。次に血圧。ここで必ず計った後一呼吸おいて「又計りますからネ」と言われる。何故なら必ず高いからだ。すかさず「今日は美人の看護師さんだからきっと高いんでしょ」と言うと苦笑いされる。10年以上も同じことを言っているので、最近は相手にされなくなってしまった。白衣を見ると血圧が上がる「白衣高血圧症」というのがあるが、その人達の気持ちもよく分かる。

 たがが10種類位の検査なのに、終わった時はどっと疲れが出る。検査結果は郵送してもらうことになっている。これが送ってくるまではオチオチ安心して寝られない。人間ドッグでさえこうなのだから、なにか異常があってみえた患者さんは、もっと不安な気持ちで結果を待っているに違いない。だからいつも患者さんの立場になった医療を行える医師でありたい。人間ドックを受けた後いつも思うことである。