投稿仲間の一人が心筋梗塞と診断され、緊急に処置が必要となった。
心臓へ血液を送る冠動脈が詰まっていて、バルーンという小型の風船を血管に入れ、
広げる風船治療を受なくてはならなくなった。
ところがその方法を実際やってみたがうまくいかず、
次の手段としてバイパス手術をする事になった。
病院の先生が「風船は上手くいかなかったけど、
他にバイパス手術がありますから心配しなくてもいいですよ」
と慰めてくれた。そこでは手術が出来ないので、他の病院を紹介され受診した。
バイパス手術は見事成功。術後、そこの先生はこう言った。
「本当は手術をしなくてもいい状態でした。
でも思い切って活動出来るようにバイパス手術をしておきました。
これで10年は長生き出来ますよ」。普通は10年も持てば恩の字だと思うのだろうが、
その人は目の前が真っ暗になったという。
「私はたったの10年しか生きられないのか…」。
再び前の病院に戻り、定期健診を受ける事になった。
するとその先生がこう言った。
「世界でバイパス手術をして一番長生きした人は16年です」
そこで又目の前が真っ暗になった。どんなに頑張っても16年か…。
さらに気持ちが落ち込んだ。
しかし思い直して今は、
「16年以上長生きしてバイパス手術をした患者の世界記録を破りギネスブックに載ってやる」
と、闘志を燃やしている。
さて、日本の医師は事実を単刀直入に言う傾向がある。
例えば事故で足を切断したら次のように言うのだそうだ。
「あなたは車いす生活になります」。
一方米国ではこう言うという。
「あなたは今まで出来たような全力疾走は出来ません。
しかしその他の事は何でも出来ます。自由に動かせる手があり、
見たり聞いたりする目や耳があります。だから全力疾走以外は何でも出来ます」。
確かにそうだ。
考えてみれば、私もかなり失礼な事を患者さんに言ってしまってきたのではないかと思う。
以前、不妊で悩む女性が来院された。
いろいろ検査をしてみると、御主人の精子が全くない無精子症である事が判明した。
そこでその女性に「今の御主人との間では残念ながら妊娠出来ません」と言うと
「じゃあ、どうしたらいいのでしょうか?」と尋ねる。
そこで「パートナーを変えない限り妊娠は無理です」と言うと、
女性は肩を落として診察室から出て行った。
それから2年後、その女性が生理が止まったと来院された。
調べてみると見事妊娠していた。目を丸くしてその女性に尋ねてみた。
「どうやって妊娠したのですか?」
すると「どうしても子供が欲しかったんです。そこで離婚して新しい男性と結婚しました。
そして妊娠をしたという訳です…」。
一瞬、えっと思った。そして正直に2年前告げた事を後悔した。
私の一言が原因で離婚してしまうなんて…。
前の旦那さんになんてお詫びをすればいいのだろう。
その後、彼女は3人の子供の母親になった。
医者の一言がその患者の一生を左右する。
親切心で言った言葉がその人をズタズタに傷つける事もある。
エビデンス(根拠)というのは大切だ。そしていろんなデーターを示し、
いろんな治療法を説明する事も大切な事だろう。しかしケースバイケースという事である。
例えば、ある手術をして失敗する確率は1%とする。
100人手術を受け、99人は無事退院出来るということだ。
それをたった1%と理解するか、1%もと考えるか。
その患者がその1%に含まれるとすれば、実際はその患者にとっては100%という事になるのだ。
そう考えると軽々しく「失敗率はたった1%ですよ」と言うべきではない。
やはり医師の一言は重い。
説明する際は充分に言葉一つ一つに責任を持たなくてはならない。
医師としても、人間としても…。