日南海岸の内海に『えぷろん亭』というレストランがある。
白いテラスがあり、そこからは野島という小さな島や、青い海が目の前に広がり、とても眺めが良い。
地獲れの魚や、宮崎の郷土料理などが食べられる素敵なお店だ。
先日、久しぶりに昼食を食べに行く事にした。
車を降り階段を上がると、20人位が座れるテラスがあり、いつもそこで食事をするのが楽しみなのである。
 そのテラスへ向かって歩いて行くと、そのテラスの真ん中に上下黒づくめの服装で、
指や首には金属のアクセサリーをし、サングラスをかけた男がいた。
テーブルの上には小さなCDラジカセが置いてあり、カンツォーネみたいな曲が流れている。
どう見ても何か怪しい感じの方らしい。まるで映画『ゴットファーザーのマーロンブランド』みたいである。
さて、何処に座ろうかと考えた。すぐ近くは嫌なので、少し離れた所に座ろうと思った。
いかにもヘビースモーカー風だったので、タバコの煙が流れて来ない様に風上に座る事にした。
 私はレストランや居酒屋に入る時はまず禁煙レストランを選ぶ。
しかしいつもそういう訳にはいかないので、なるべくタバコを吸っていない人の隣りの席に座る。
運悪くたまに隣りでタバコを吸われると
「私、ぜんそく持ちなんです。みませんがしばらく吸わないでいただけますか?」とお願いをする。
たいていはそう言うと、慌てて火を消して協力してくれる。その間に慌ただしく食事を済ませるのである。
会計をする際、その人に「どうもすみませんでした。どうぞ思い存分吸って下さい」と言いながら店を出る。
店に入りあまりにも煙臭いともうそれだけですぐ出て来てしまう事もある。
私にとって人のタバコの煙を吸わされる事はとても嫌な事なのだ。
 さてテラスの椅子に座り、何を注文しようかとメニューを見ながらその人をチラリと見た。
向こうもこちらをチラ見し、何か言いたそうにしていたが、アチラ関係の人だったら困るので、
下を向いて目を合わせない様にした。
 このレストランは伊勢海老料理が名物であるが、私が頼むのはいつも海鮮丼である。
沢山の地獲れの魚がご飯の上に乗っていて1100円。カニの味噌汁付きである。
とりあえずそれを頼み、料理が来るまでどうしようかと思った。
その人と目が合わない様にするにはどうしたらいいのか。
そうだ目の前に広がる海を見ていれば文句も言われまい。
そう思いながら料理が来るまでボーッと海を見ていた。
その彼は相変わらずCDラジカセのボリュームを下げようともせず新聞を広げ読んでいた。
 海鮮丼を食べ、ソソクサと退散しようとそこの馴染みのオーナーのママに「御愛想」と言い足早に帰ろうとすると、
ママがその男の所へ行き「あの谷口さん、この人紹介するわ。この人ね、昔からのうちのお客様なの」。
「別にこんなヤバイ人紹介してくれなくてもいいよ」と喉まで出かけたが、まぁそう言われるなら仕方ないと腹をくくった。
 話を聞くと、彼はその道の人ではなく自営業でアクセサリーを販売している方で、
独身貴族で時々ぶらりとこの店に来るという。
 色々話をしていると、向こうもこちらを色々観察していたのには理由があったという。
つまり私がタバコを吸う人だったら、一言文句を言ってすぐ帰ろうと思ったと言う。
彼もタバコが大嫌いで私が風上に座ったものだから、タバコを吸う人かどうかじっと観察していたのだそうだ。
それで私の一挙手一投足をずっと見ていたのだ。
私は因念をふっかけられるのかとビクビクとしていたとその人に話をすると
「いつもそう思われるよ。何せこの格好だからね」とニヤリと笑った。
 その後、彼は友人に「タバコを吸うと7年も命が短くなるぞ」とか
「おまえがタバコを止めなかったら俺はおまえと縁を切るからな」などと言っているらしい。
 私も全く同じ様な事をよく言っている。だから私の友達でタバコを吸う人は、
私にとても気を遣って目の前で吸う事はしないようになった。
中には私が吸わないようにしつこく言うもんだから、タバコを止めた人もいる。
 人間、見掛けじゃ分からないものだ。お互い嫌煙家という事で話が盛り上がった。
ママが紹介してくれなかったら、その道の人だと思い込み、きっとソソクサとその席を後にしていただろう。
ママに感謝と良い男に出会えたと神に感謝した。