私が産婦人科医になった時、先輩からこう言われた。「子どもが生まれたら、まず『元気ですよ』『五体満足ですよ』『男(女)の子ですよ』そして次に必ず『お父さんそっくりですね』と一言添えなさい。」

 当時、最初の3つは理解できたが、4つ目の「お父さんそっくりですね」と言わなきゃいけない理由がよく分からなかった。だが、よく考えてみると子どもを産むのは母親だ。臍の緒と繋がっているので自分の子であることは間違いない。

 ところが父親はどうだろう。自分の妻が産んだのだから、自分の子供に間違いないと漠然と思っているだけで、自分の子である確証は何もない。だからもし「お父さんには全然似ていませんね」なんて言ったら一悶着あるだろう。その一言が元で離婚してしまうかもしれない。

 分娩時、夫をよく観察していると、生まれるまでは凄い緊張の顔をしている。奥さんに「汗をふいてよ」と言われたらハイハイと汗を拭き、「腰を摩って」と言われればホイホイと腰を摩る。それはまるで女王蜂に仕える働き蜂みたいだ。

 分娩が終わると、母親はすぐに母親になった喜びを表現するが、夫は一呼吸おいて父親になった喜びが湧いてくる。そして頬が自然に緩み、笑顔がこぼれる。そのタイミングを見計らって「お父さんそっくりですね」と言えば、もうそれだけで完全にニヤけてしまう。父親であるという自覚を早く認識させる意味でも、この言葉は大切なのだ。

 親と子が似ているのは遺伝子のせいである。人間は約60兆個の細胞から成り立っている。その中心に核があり、その中にDNAがある。DNAは螺旋状の2本のループから成り立ち、その中にアデニン、チシン、シトニン、グアニンという4つの物質がある。そこに生命を作る30億もの情報が入っている。生まれてくる時に、その物質が子供に伝えられ、親子は似るというわけだ。「目はぱっちりが良い」「鼻は高い方が良い」「スラリとしたプロポーションだったら…」などいくら願っても、その因子がなければどうにもならない。

 さて、日本では年間約60万組、53秒に1組のカップルが誕生する。新婚のうちは風邪を引いただけでも「羨ましい、キスで風邪が移るなんて」と冷やかされ、お昼も「お弁当は妻の僕へのラブレター」とばかりに残さず食べる。ところが子供が出来ると「子を産めば恐いものなしこの世には」となり、夕食も「立ち読みで今夜のおかずを決める妻」となる。酒、煙草も「だめですよ、医師よりきつい妻の指示」になり、そんな夫は「妻の愚痴を耳栓しながら聞いている」状態だ。

 年を重ねれば家族から「お父さん家にいるのにホームレス」「家の中赤の他人はあなただけ」と言われ、長年連れ添った妻は「環境とネコには優しい我が女房」となる。さらに「家内より買物上手定年後」「チンしてね、どこをどうすりゃ良いのだろう」の夫となる。そのうち「実印を財布に入れて歩く妻」になり破局を迎えるのだ。

 このように日本では年間約21万組、2.5分に1組のカップルが離婚する。結婚しても3組に1組は別れてしまうということだ。因みに結婚後1年未満の離婚はわずか7%であるから、熟年離婚が如何に増えているかが分かる。別居や家庭内離婚の数も入れると、恐らくその数は半数以上になるかもしれない。

 一体、夫婦って何だろう、日本では男31.1歳、女29.4歳が平均結婚年齢だ。

勿論その愛情が一生続くカップルもあるだろう。しかしその殆どが1年に1回、いや1日1回夫婦ゲンカをするのではないだろうか。それもほんのたわいのない一言で・・・。

 例えば、「僕がやった方が、部屋がキレイになるよ」「おふくろの味が食べたいなぁ」「私のお父さんとっても優しかったわ」「〇〇さんの所、お正月にハワイに家族で行くんですって」等々。しかし夫婦ゲンカができるうちはまだ良い。中には口もきかないとか、話しても無視という夫婦もある。

 結婚していつまでも熱い夫婦であって欲しい。子供から尊敬されるような夫婦であれば理想だ。そのためにはお互いユーモアと余祐を持って欲しい。と言いつつも、今日も何回ケンカをしたことやら・・・。実際難しい問題であることは間違いない。