小さい時から絵を描くのが好きだった。小学2~3年の時は毎日数枚の絵を描いては父に見せるのが日課だった。父は産婦人科医だったが、仕事以外は何も趣味がなかった。だが絵だけは別だった。
父は油絵具を買い求め、キャンバスにモネやゴッホの絵の模写していた。その絵はとてもうまく、医者をやめても絵で食っていけると私が思ったほどであった。そんな父に出来上がった絵を持っていくと「うまいな~」と誉めてくれた。褒めてくれると嬉しくて又描く。そしてそれを持っていくと又誉めてくれる。それが嬉しくて朝から晩まで勉強そっちのけで絵を描き続けた。特に気に入ってくれた絵は食堂に飾ってくれた。ダンボール一杯になる位描き続け、将来は絵描きになろうと思った位だった。
ところが中学生になると、描きたいという絵よりうまく描こうということに主眼が置かれ段々とその熱も冷めていった。
ところが高校の時、突然又絵が描きたくなった。そこで受験勉強そっちのけで油絵の年賀状を作ることにした。それは本当に親しい友人だけに送ることにした。友人の家に遊びに行きその年賀状が机の上に置いてあるだけで嬉しかった。
それから、旅行や音楽の方が忙しくて絵を描きたいという気には全くならなくなった。開業したら仕事柄どこも行けないので、一日中絵を描いて過ごそうと考えた。
そこで24色の油絵具、キャンパス、筆、パレット、イーゼルなどを買い求めた。ところが開業してみるといろんな雑用が多く、そんな絵を描いている時間などない。しかもバンドを組んでそれにのめり込み、エッセイを書き、本を毎年出版するようになって益々そういう機会は遠のいた。
しかしある日ラフスケッチ用のコンテの鉛筆を見た瞬間「又描きたい!!」という気持ちになったのだ。そしてその気持ちはどんどん膨らんでいく感じがする。恐らく数ヵ月以内にはまた描き始めるだろう。それを考えると、何か胸がキュンとする。それはまるで初恋の時のときめきと同じだ。71歳になった私の心は、自由に絵を描いていた子どもの時代へタイムスリップし、子どもが描くような自由さで絵を描き始めるだろう。楽しみだ。