結婚してもう半世紀にもなる。そう、あと5年もすると金婚式を迎える。色々なことがあった。これは25年位前の話。
家内が血相を変え、息を切らせながら駆けてきた。「あなた、た、た、た、大変!」その慌てぶりに、子どもが車にでもはねられ、大ケガでもしたのかと身を構えた。
「あなた、あのね、大変なことが起こったの。本当に大変なことなのよ。あの、私どうしたら良いか分からない」こりゃ大変なことが起こって気が動転している様子を感じ、「まぁ、まぁ、そんなに慌てずにゆっくり話をしてごらん。何が起こったの」と内心びくびくしながら尋ねた。
「あのね、あの玄関に飼っていたハムスターが居なくなったの」「どうして、いつ居なくなったの?」そんなに大したことでもなさそうなので、ちょっと一安心と、少し身構えの姿勢から普通の姿勢になった。
「よく聞いてよ。今からその理由を言うから。玄関の外でヘビを飼っていたでしょ」そういえば昨年、子どもがヘビが欲しいということで、クリスマスプレゼントに買ってあげたのだ。黒と黄色のシマ模様で、買った時はエンピツ位の大きさだった。
エサは生まれたばかりのモルモットの赤ちゃん。それが冷凍で売っていて、それをお湯で解凍して、週に2~3回子どもが与えているのを見ていた。大きな口を開け、一気に飲みこむ様は、さすがダイナミックだった。
今、小学校6年の娘は、小さい時から動物好きだった。4,5年前はカマキリが好きで、よく捕まえては自分の部屋で飼っていた。ある時はポシェットにカマキリを10匹位入れて出掛け、知り合いのおばさんに会った時、「可愛いポシェットね。中に何が入っているの」と言われ開けると、中からカマキリが顔を出し腰を抜かさせてしまったこともある。その他にも、カマキリをポケットに入れエレベーターに乗り、一緒に乗っていた人がびっくりして金切声(実際はカマキリ声と言った方が良いかもしれない)を上げたこともある。
お年玉を貰うとトカゲを買い。今はもう3匹もいて、学校から帰るとランドセルを放り投げ、エサの生きているコオロギを食べさせるのが楽しみというチョッと変わった子なのだ。
先日、友達からハムスターを貰ってきた。しばらくすると赤ちゃんが生まれた。大きさは小指位の大きさだ。母親はせっせと赤ちゃんにおっぱいをあげ、一週間で親指位の大きさになっていた。
「あのネ、よく聞いてよ」家内が説明を始めた。「ヘビは玄関の外に置いていたの。水槽に入れフタもしてよ。ところがそのフタを押し上げて出てきちゃったの。そして何と玄関の網戸の隙間からニョロニョロ入ってきたのよ」
「でもハムスターが入れてあるカゴは小鳥を入れるカゴで、そんなに簡単には入れないだろう」
「それがそんなことはないのよ。あの1センチもないような金網の間をスルスルとくぐり抜け、中に入っちゃったの。そしてハムスターのお母さんを食べちゃったのよ。きっとこどもを守ろうとして自分が犠牲になったんだわ」
中を覗くと、父親のハムスターがカゴの隅の方で震えている。4匹のこどもは大丈夫みたいだ。「それで何でヘビが食べたというのが分かるの?」と尋ねると「これ見てちょうだい」とヘビの方を指示した。よく見るとお腹の真中の部分がピンポン玉位に膨らんでいる。確かに何か食べた証拠だ。やはりハムスターが食べられたのは間違いないようだ。
「あなた、この子ども達をどうしよう。おっぱい飲んでいたのに、そのお母さんが居なくなったらきっと死んでしまうわ」そう言うと家内は泣きそうな顔になった。
確かに母乳を飲めないという状況では、赤ちゃんは死んでしまうかもしれない。可愛そうにと思いながら、カゴの隅で怯えているハムスターに目をやった。
その時家内が父親のハムスターを睨みつけながら言った。「あんたが食べられりゃ良かったのに…」
隅にいる父親のハムスターはその時「申し訳ありません」と言うような表情をして、男である私の顔を見た。