ある日の休日、みかんを食べていた。
すると突然左奥上の歯が急に痛くなった。
どうしたんだろうと鏡で見ると、歯がグラグラしている。押すと痛い。
今にも歯が抜けそうなのである。かかりつけの歯科医院に電話してみたが、
休みで今から出掛けるので診る事が出来ないと言う。
仕方ないので、当番医の歯科医院を新聞で探すとあった。
すぐ近くである。そこで自転車で出掛けた。
 ビル診療所の小さい歯科医院で、靴を脱いで上がるようになっているが、スリッパが見当たらない。
しかし来院している人は、ちゃんとスリッパを履いている。
仕方ないので首をひねりながらそのまま上がって待つ事にした。
 当番医という事でバタバタしていた。
しばらくすると受付の人が問診票を持って来られた。
それに書き込んでいると、隣の人が「どうぞ!」とスリッパを持って来てくれた。
何処に置いてあったんだろうとキョロキョロすると、入口の所に50㎝×90㎝位のボックスがあり、
ボタンを押すと自動的にスーッと殺菌されたスリッパが出て来る仕掛けになっていた。
 問診票を書いたら、すぐ名前を呼ばれた。
部屋に入るとそこの院長は若い女性歯科医師でベッピンさんだ。
「どうしたんですか?」と尋ねられたので、色々と症状を言うと
「じゃぁ椅子を倒しますから」と診察が始まった。
ベッピンさんに口の中を見られるなんて恥ずかしいなぁと思ったが、
痛いので我慢、我慢と思いながら口を開けた。
するとどうやら痛い歯は真二つに割れてしまっているという。
道理でグラグラして痛かった訳だ。その割れている所は取り除かなくてはダメだという。
「口を開けで下さい」と言うなり、局所麻酔を打たれ、ペンチみたいなもので歯をグラグラ揺らすと、
あっさりと歯の一部が取り除かれた。
歯は5㎜位の物が2個で、色は茶色に変色している。あと消毒して終わりだった。
 診療が終わり、そのベッピン女性歯科医に「その取り除いた歯をお持ちかえりにしたいんですけど…」
と言うと、呆れたような顔をされ「いいですよ」。
お礼を言い診察室を出た。先程の痛みは嘘のように全くなかった。
会計を済ませ、帰ろうとすると「谷口さん忘れ物ですよ」
と小さなジュエリーボックスみたいな物を渡された。
「これ一体何だろう?」と思っていると「これが先程抜いた歯です」。
それをポケットに大事にしまい、もう一度「ありがとうございました」
と言いながらペコリと頭を下げ歯科医院を出た。