自宅で、棚の上の荷物を取ろうとして手を伸ばした。その時だ。頭に激痛が走った。何かが額に当たり、もの凄い勢いで血が噴き出した。慌てて傷口を手で押さえたが、全く血は止まらない。気がつくと床中血だらけになっている。なんだかホラー映画を見ているみたいだ。とにかくどんなふうになっているのか診てもらおうと、ナースステーションへ向かった。相変わらずポタポタと鮮血が滴り落ちている。鏡を見るとシャツも血だらけになっていて、まるでナイフで胸を刺された人のようだ。
早速、血をぬぐって傷口を見てみると、額のちょうど中央部分の所に3~4cmの切り傷があり、そこから血が噴き出しているという。ガーゼで押さえるとようやく出血は止まった。とりあえず消毒して見てもらった。傷はそんなに深くないと言われ、ちょっと一安心。お産や手術の出血は何とも思わないのに、自分の出血で慌てている自分が情けなかった。とりあえず専門家に診てもらった方が良いという事で、近くの整形外科を受診することにした。家内はその血を見て「救急車で行ったら…」と言うが、これ位で救急車をお願いしたら笑われると車で送ってもらう事にした。
その整形外科医は私と同級生であるが、私の顔を見てニヤリとして「又、何かやったの?」と言うので事情を説明した。「とりあえず、診てみるからそこのベッドに横になって」と言われ横になると、傷を消毒しながら「う~ん、まぁテープだけという訳にはいきそうにないから縫っとこうか…」。え~、本当に縫うの?と心の中では思った。「局所麻酔5cc」という声が聞こえ、いよいよ縫合されるのだと覚悟した。
傷口に針がチクリと刺さる。「ちょっと我慢してね。麻酔しないと痛いから…」。そう言うと、「ここ大丈夫?」と確かめながら麻酔をしてくれた。思ったより麻酔も痛くなくてホッとした。細い糸で5針縫合してもらった。時間にしては5分位だったが、1時間位かかったような気がした。
実は額を縫ったのは3回目である。1回目は5~6歳の頃、父のスチール製のベッドに額をぶつけ、4cm位バサッと切れた。この時は、産婦人科医である父が縫ってくれたのであるが、縫う時に「二郎、お前3つ目小僧みたいだぞ」。と言われたのを覚えている。後で聞いた話によると、額が見事にパクッと切れて骨まで見えていたそうだ。その傷跡は今でもあり、鏡を見る度にその時の衝撃と、父の心配そうな顔が思い浮かぶ。
2回目は20年位前、楽譜を買いに行った楽器店でのことだ。閉店間際の店内は薄暗く、小走りで店を出ようとした私は、降りてきたシャッターに額を思いっきりぶつけた。あまりに突然の激痛だったので何が起こったのか分からず、後ろから誰かにカナヅチで殴られたかと思ったほどだ。下を見ると血が溢れている。ぶつかった勢いでシャッターは少し歪み、途中でストップしていた。どれほどの衝撃だったか、イヤ、いかに私が石頭だったのかが分かる。床は見る見る、血の海になった。この時も近くの整形外科病院に店の人が連れて行ってくださって10針位縫合した。この傷は額の生え際の部分だったので、当時は縫合の跡は分からなかったが、年をとり少しずつ髪の毛が禿げ上がっていくにつれ、傷跡が目につくようになった。
この話しをすると、同級生の整形外科の医者は「お大事にしてね。1週間後に抜糸をしますから、その時また来て下さい」とニヤリと笑って私を見送ってくれた。
それにしても、『二度あることは三度ある』とはよく言ったものだ。こんな流血騒ぎは『三度目の正直』で終わりにしようと心に誓った。