アフリカのケニアの端にラム島という島があり、うっそうとしたジャングルの先端に小さな村がある。そしてその灯台の横にロッジ風のホテルがある。

 「コンニチワ。ドコカラキマシタカ?」

 「日本。ジャパンです。日本語分かりますか?」

 「スコシダケネ。ニホンゴムズカシイネ」

 「アフリカは暑いね」

 「ハイ。トテモアツイデス。コノヘンデハ、オオキナサカナガツレマス」

 「どれ位大きいの?」

 「コレクライネ」

 青年は手はを大きく広げた

 「どうすれば釣れるの?」

 「いくらぐらいするの?」

 「ハンニチデタッタノ5ドル。ニホンエンデ5百円位デス」

 「そりゃ安いね。どこから船に乗るの」

 「アソコノミナトデス」

 「この辺の治安はどうなの?」

 「エッ。ナンデスカ」

 「危険な事件とか起こったことないの」

 「エッ。ナンデスカ、ワカリマセン」

 「だから沖に出たら海賊とか出ないの」

 「エッ。5ドルハヤスイデスヨ。コノヘンサカナイッパイイルヨ」

 「この辺り安全かと聞いているんだよ」

 「トテモイキノイイサカナデスヨ。ソシテオイシイヨ」

 日本語は流暢なのに、魚以外の話は通じにくいようだ。魚の話はまるで日本人みたいに話をするくせに、他の話題となると全く通じない。首を捻りながら釣りに行くのは止めた。

 アフリカの旅行を終え日本に帰ると、ファミリーレストランの教育のシーンをテレビでやっていた。どんなアルバイト生でもその日から実践で使っていかなくてはならないので、細かいマニュアルが出来ている。

 アルバイト生はそのマニュアル通りに喋っていけば良いのだ。

 「いらっしゃいませ。ようこそ当レストランヘ」

 「ご案内するまで少々お待ち下さい」

 「お待たせしました。ご案内します」

 「こちらの席でございます」

 「メニューをお持ちします」

 「お決まりになりましたか」

 「これで、全てでしょうか」

 「もう一度繰り返します」

 「コーヒーは後からお持ちしますか」

 「暫くお待ちください」

 「お下げしてもよろしいでしょうか」

 「どうもありがとうございました。またの御来店をお待ちしております。お気を付けてお帰り下さい」

 これ以外の言葉を使うと厳しく罰せられる。すべてマニュアル通りに喋らないと先に進んでいかないのだ。

 その時あのアフリカの黒人の青年の顔が浮かんだ。そうだ。あの青年も魚の話になると凄く流暢な日本語を喋っていた。魚釣りに連れて行けば日銭が稼げる訳だ。だから日常の会話など下手でも良いのだ。しかし魚に関しては生活がかかっているので、彼なりに自分のマニュアルを作っていたんだ。なるほど、それで彼が魚について日本語が上手いというのが納得出来た。

 でもその黒人と違ってマニュアル通りにしか喋れない日本人って、何かロボットみたいで無気味だ。最近そういう風な日本人がアメーバ―みたいに増えているという。マニュアル以外でも喋れるマニュアルというのが必要な時代になっているのかもしれない。