新しいコップを食器棚から出し、飲み物をつごうとした時である。すぐ横に居た家内が「あなた、テーブルの上に置きっぱなしにしてあるコップ、あなたがさっき使ったんでしょう。だったら新しいのを使わないで、そのコップを使ってよ。全く、あなたってすぐ新しいのを出すんだから・・・。片付けるのは私なんだから、少しは考えてね」。
「そうは言っても・・・」と言いかけて、私は口をつぐんだ。というのも、こんな些細な事でいつも夫婦喧嘩になるからだ。こういう時は文句を言うのではなく、奥様のいい所を思い出せば、夫婦喧嘩にならないという話を先輩から聞いた事があるので、とりあえず家内のいい所を心の中で挙げることにした。
まず、綺麗好きである。今の季節、汗かきの私は1日に何枚もTシャツを着替える。その数は半端でなく1日5~6枚になるのである。その他に肌着、ズボンも毎日着替えるので、その量はどうしても多くなる。
家族はお風呂場の脱衣所にあるランドリーボックスに入れるのだが、私の場合自分の部屋にもある。そこへ次々と脱ぎ捨てるのだから、たまったもんではないだろう。しかし次の日、それらは綺麗に洗濯されタンスにきちんとしまってある。
私は一人暮らしをした事がない。そのせいと言えば言い訳になるかもしれないが、服を脱いだら脱ぎっぱなし、使ったら使いっぱなしで、片付けるということが出来ない。家内が1週間も家を空けると、部屋中が脱いだ服や使った食器で溢れる。そういう時はやはり家内に感謝である。
それから朝の愛犬『ロキ』との散歩から帰って来たら、シャワーを浴びる。あがる時に体を拭く為のタオルだが、私はカラカラに乾燥したタオルでなくては絶対にいけない。ちょっとでもジトジトしていると1日中機嫌が悪い。もちろん顔を洗った後に使うタオルもそうである。しかしこの2つのタオルはパーフェクトにカラカラになっていて、その瞬間「今日も1日頑張るぞ」という仕事モードのスイッチが入るのである。
2つ目は無類の子供好きだという事である。大変な思いをさせ、5人も子供を生ませたが、一回もお産が大変だったという言葉を聞いた事がない。スリムで身長150cmの身長しかないのに、長女は3710g、長男は3620gもあったのだから、きついお産だったはずだが、弱音は一度もはかなかった。
5人の子供の面倒をみるのはほとんど家内の役目である。子供達が幼い頃、運動会の時は5人分の弁当を作り、子供の各学校をかけ持ちで応援する。勉強はもちろん、参観日には必ずどんな事があっても参加する。子育ては大変な事ばかりのはずなのに、嫌な顔一つしない。孫が生まれても、時々子守を頼まれるのだが、これも嫌な顔一つ見せた事がない。
私は毎月『観光みやざき』という40ページのフリーペーパーに『人生悠遊』というコラムを書いている。これが毎月200部位送られてくるのだが、そのうちの何十冊かを紙袋に入れ、知り合いや近くの商店や事務所、郵便局、老人ホームなどに配る。何十冊もなると家内にとって、その重さだけでも大変なのだが、何の不平も言わず配り歩く。
この暑い中、家内はクーラーを使わない。クーラーをつけると電気代がもったいないと自分は我慢し、私が帰って来た時だけつける。宝石や毛皮などは全く興味がなく、一度も買ってあげたことがない(何というラッキーなことだろう)。又、着る物も10年以上の物を大切に今でも着ている。車に乗る時も信号で止まったら、エンジンを切る。もちろんエコの為だ。
家内は、東北秋田の山の中にある小さな田舎村の生まれである。冬になると雪は2mも積もり、家の中は真っ暗。天井の隙間からは雪が舞い込むような家に住んでいた。吹雪の時などは、全く外に出る事が出来ず、家でじっと吹雪が過ぎ去るのを待つ。そんな所で育ったせいか真面目で、曲がった事が大嫌いで、我慢強く、芯がしっかりしている。本当に『おしん』みたいな女性だ。
我が妻ながら、できた家内だといろいろ数え上げていた。するとそのうちに、コップの事で注意されて、夫婦喧嘩になりそうだったことなどすっかり忘れていた。やはりベテラン夫婦の教えは正しい。