20××年、ある大病院の病室で…
 「どうされたんですか、ご気分が悪くなられたんですか?」と看護師が尋ねる。「ええ、急に胸がドキドキしてきて、目眩がするんです。それに吐き気もします」「しばらくお待ち下さい。すぐ先生を呼びますから、主治医の先生はどなたですか?」「金山先生です」「今すぐ、大至急で呼んで来ますので、そのまま横になっていてください。すぐ呼んで来ます」。
 身長140cm、体重160kg、B140cm、W140cm、H140cmのずんぐりむっくりの看護師は慌てて部屋を出て行った。看護師の名前は「ヘルプメイト」。生まれは米国。
 実はこの看護師、米国のロボットメーカーTBC社製のロボットだ。日本での販売価格は約2000万円。食事、薬品、医療器具などを50kgまで積め、秒速60cmで動く。病室や手術室の位置をあらかじめインプットすると、ボタンを押すだけで自動的に病院内を走り回る。前方に障害物があっても、超音波と光センサーで避けながら進む。「疲れた~」とか「また今日も夜勤なの~」なんて愚痴ったり、「きたない、臭い」と鼻をつまむ事もしない。フランス料理が食べたいだの、お寿司が食べたいだのワガママも言わず、ただ電気を食べるだけ。ご機嫌を伺う必要もない、真面目一筋の看護師だ。
 今、日本では深刻な看護師不足だ。日本全体では約7万人の看護師が不足していると言われている。その為、看護師の引き抜き合戦は必至だ。それがうまくいかない病院は、病棟閉鎖や閉院、外来診療のみという医療の縮小が行なわれる。中には病院が倒産した為、入院患者が強制退院させられ、路頭に迷うケースもあるという。
 看護師の世界は“3K”の『キツイ、キタナイ、キケン』の他に『休日がとれない。給料が安い、希望が通らない、格好悪い、結婚が出来ない』などの“8K”の職場であるという。自分の自由な時間を持ちたい。夜はゆっくり寝たい。キャリアウーマン並の給料をもらいたい。責任のない部署につきたい。1週間位旅行に行ってみたい。なんていう希望とは縁がない仕事だ。
 例えば50床の病棟があるとすると、昼間の看護師の数は平均5人だ。だが夜になれば2人に減る。もし夜間に重症患者がいれば、他の患者にまで手が回らないなんて事にもなりかねない。そこで看護師はその慢性的なスタッフ不足を補う為、常に病棟をせわしく走り回る事になる。しかも月平均10回の夜勤。昼間仕事して夕方帰り、日付変わって深夜0時から朝まで仕事するのは当たり前。ひどい勤務になると、夕方4時から夜中の0時半。それから帰って寝て朝8時から夕方5時半まで仕事。そしてちょっと仮眠して、夜中の0時から朝9時までという勤務も月に数回ある。そういう過酷な勤務が続くと、クタクタになって、家ではただ眠るだけの生活になってしまう。そんな看護師を支えているのは、自分自身の看護に対する夢と情熱なのだろう。
 それでも、やはりあまりの看護の厳しさに、新しく勤めても約1割の人が毎年入れ替わるそうだ。定着率の悪い病院では3~4年もすると全員入れ替わってしまうという。看護師になりたいという人は大勢いるのに、それ以上に辞めていくという日本の医療の現状。これからますます老人が増え、入院する患者や介護を必要とする老人達が増えるだろう。しかし一方でどんどん看護師が減っている現実。我々が死を迎える時、お世話してくれるのは「ヘルプメイト」というロボット看護師ばかりという時代がいつか来るのだろうか。その時、ヘルプメイトは、我々人間の為に涙を流してくれるのだろうか。