あれは8年前のこと。当院は天満橋の拡張工事に伴い、移転せざるを得なくなり、現在の上野町に建て替えることになった。設計の段階で、何度も打ち合わせがあったが、とにかく患者の皆様が快適に過ごせる空間を最優先にと設計士の方にお願いした。それでもせっかく建てるならということで、自宅について注文をつけたのは、お風呂場に泡が出るジャグジーバスと、少し広めのベランダである。仕事柄あまり出掛けられない私の、せめてもの贅沢というわけだ。
当初、ベランダには芝を植え、そこでのんびりと横になって本を読んだり、好きな音楽を聴いたり、陽なたぼっこをしたり、ビニールプールにお湯をはって露天風呂を楽しんだりとあれこれ夢を描いていた。
ところが、いざ完成すると、ベランダの半分は洗濯物干し場になって、フリースペースは半分しかない。それでもベランダに土を盛り芝生をと考えていたが、それは設計上無理という。そこで背丈ほどもある観葉植物の鉢を置く事にした。ところが台風が来た時、その鉢は見事に横倒しになり、ベランダは土だらけになった。そこで、しばらくはガランとしたベランダになっていた。
しかし、やはり何となく殺風景だったので、畳1畳程の木製のガーデンフェンスを立てかけ、その前に大きな洗面器位の大きさのプランターに花を植えて置いた。我ながらあまりにも素晴らしい出来だったので、夜もライトアップして一人で眺め悦に入っていた。
しかし、そのプランターに、買って来た小鉢から花を植え替えただけなので、家内から「本当に花が好きな人はね、ちゃんと種をまいて、そこから育てるのよ。そんな咲いた花を買って来てプランターに移し変えるだけじゃね~。第一、水もあげないで枯れかけてるじゃないの。それに枯れた葉っぱや土がベランダに落ちて汚いわ。あなたのスペースなんですから、自分でちゃんと掃除してね」。
そう言われても、毎日水をやったりベランダを掃除している時間もなかなかとれない。そのうちにこの案もポシャると思えた。
そんなある日、ガーデン用の大きなテーブルを見つけたので、これはいいと買って来た。せめてここで読書をと考えたからである。ところが買って来たはいいが、そんなに使う機会もなく雨ざらしになってしまっていた。
ある夏の日、自宅に帰るとメチャクチャ暑い。というのも家内はクーラーが苦手で、どんなに暑くてもクーラーはつけず、扇風機だけである。食事をしようとしてもあまりにも暑過ぎて気分が悪くなりそうである。
そこでちょっとベランダに出てみた。すると意外や意外。気温は35℃を超えているのに、室内よりずいぶん涼しい。ちょうどうまいことに、外に張り出したひさしが日陰をつくり、陽は当たらない。風は涼しいというわけではないが、木陰に入ったようになっているのだ。
早速、テーブルクロスを広げ、昼食をベランダのテーブルの上に運んでみた。椅子を持って来て座るとこんないい場所はない。木陰にいるように涼しく、顔を上げるとそこには大きな入道雲。まさに屋外でバーベキューを食べている感じ。自宅に居ながらにして、この開放感を味わえるとは思わなかった。
しばらくは,ガーデンテラスみたいなこのベランダでランチを頂こうと思う。でも考えてみれば、ボーッと何も考えず、ランチタイムを過ごせるなんて、何と贅沢な時間なのだろう。しかもその後はシェスタ(昼寝)付き。世界で一番幸せな男。そう思う。