小さい時、私はよく「キレる子」だった。あれは多分幼稚園の頃だったと思う。庭の大きな水槽で金魚を飼っていた。

 時々それを小さな洗面器に移した。それは金魚を調教する為である。金魚を調教?と思われるかもしれないが、ある日サーカスでライオンを調教しているのを見て、子供ながらに金魚でやってみようと考えたのである。ところがライオンのように上手くいかない。金魚を指示し「お前は右に曲がれ」と言っても曲がるはずもない。だがその時はそれが出来ると信じていたのだ。

 何回やっても上手くいかない。簡単に出来ると思った私は段々イライラしてきた。そして遂にそのうちの一匹の金魚を掴み、近くのコンクリートの壁に投げつけたのである。はっと我にかえり慌ててそこに駆け付けてみると、金魚はピクピクと痙攣を起こし、暫くするとそのまま動かなくなってしまった。もう一度その金魚を洗面器の中に入れてみたが、白いお腹を上にしてプカリと浮かんでいるだけだった。それ以来私はキレないようにしようと心に決めた。

 ところがである。小学校3年生の時、同級生とたわいもないことでケンカした。相手は私をあざ笑うように教室を逃げ回る。そして廊下に出てガラス越しに「アッカンベー」をした。その時その掟を破ってしまった。そのガラス越しに相手に殴りかかったのである。

 ガラスは粉々になり、周りにも飛び散った。相手は何ともなかったが、私の手は割れたガラスの破片が無数に突き刺さっていた。その時は痛みより悔しさの方が先に立ち、家に帰り着くまではあまり痛くなかったことを憶えている。先生に呼ばれ、こっぴどく怒られたのは勿論の事である。しかもガラス代を弁償ということで、親にも知らされることになり、それ以来暫くキレることはなかった。

 それから20年近くは少しキレそうになったことはあっても、何とか自分の気持ちをコントロール出来るまで成長してきた。それがある日崩れ落ちるように又復活したのである。

 そのきっかけは結婚である。それまではお互いに別々の所に住み、会いたい時だけ会えば良かった。ところが結婚すると四六時中一緒にいる。そこですぐにキレて夫婦ゲンカになる。それはほんの些細なことなのだが(後から考えるとバカみたいな事)、その時は一世一代の問題と思ってしまう。今までいったい何回夫婦ケンカしたのだろう。しかし「夫婦ケンカは犬も喰わぬ」と言われるくらいだ。そのあとの沈黙は何事にも代え難い時間である。

 しかし結婚して40年以上も経つと、いくら腹が立ってもキレることは無くなった。人間が出来たというか、年老いたか分からぬが、キレることが無くなったのである。(ボケたからと言う人もいるが…)

 ある人がキレそうになったら、1、2、3、4、5、6、7と数を7つ数えて下さいと言っていた。7秒位経つと、怒りも治まってくるそうである。確かにキレてモノを投げて気がついたらそれでスマホが壊れて使えなくなったり、あるいはお皿を投げて割れてしまいあとは片付けが大変だったりとキレたあとは良いことは一つもない。どうしても切れそうな時は、やはり7つまで数える方法が一番良さそうだ。私も1日10回位それをしているので、最近は本当にキレることが無くなった。人からは丸くなったねと褒められる私なのである。オホン。