4月から新しい生活が始まった人も多いことだろう。新入生、新サラリーマン、転勤など新しいドラマが始まる。新しいという事は大いに結構な事なのだが、それに伴って色々な事故も起こりやすい時期でもある。
ある小学校の校庭に滑り台があった。どこの学校でも見かける滑り台で、誰も危険とも思わなかった。ところがある日事故が起こった。その日、入学式を終えた新入生達は、庭にある滑り台で幼稚園にあった滑り台と同じように遊んでいた。子ども達にとって、ジャングルジムやブランコなどに比べ、圧倒的に安全な遊び道具と思ったのだろう。当然、何の疑いもなく、幼稚園の頃と同じように滑り台を滑り始めた。ところがである。滑り台の下の方が砂に埋まっていた為に、最初の新入生が滑った後に中々立ち上がれなかった。そこに次々と新入生たちは滑っていった。何人か滑り終わった後、最初の新入生は沢山の新入生の下敷きになって圧死してしまった。
もしそこに上級生がいれば、声を掛けたり、危険を知らせたりする事も出来たに違いない。しかしその場に居たのが新入生ばっかりだった為、それが出来なかった。胸をワクワクさせ、入学式に連れ添った親は悲しみに打ちひしがれてしまった事だろう。まさか滑り台で自分の子どもが死んでしまうとは信じられなかったに違いない。
病院でも4月から新しいスタッフを迎える施設が多い。その為にこのような事が多くなる可能性が高くなる。人の命に係わるだけに普通の会社以上に気を遣わなくてはならない。
新人にはマンツーマンで必ず『オーベン』というのが付き、朝から晩まで1日中面倒をみる。それは封建的な師弟関係であり、オーベンの言うことは絶対服従しなくてはならない。病院の仕事だけではない。仕事が終わっても食事や飲みに行く時も、オーベンは飲み方や遊び方までも教えなくてはならない。
私も県病院に約10年勤めた。最初の7~8年間は少なくともオーベンから色々な事を教わる。例えば手術の場合メスの持ち方、ハサミの使い方、糸の結び方など、基本中の「キ」は最初の1~2年で徹底的に教えてくれる。その教え方がきちんとしていると、手術の腕も上がる。
糸結びなどは、いつも荷造り用の細い糸やタコ糸を使っていつも練習しておかなくてはならない。その為医局内の椅子の取手などそこら中に糸が結びつけたままになっていることもある。
7、8年すると今度はオーベンの立場になることになる。それまで習ったことを教える立場になる。中には何をやっても不器用だったり、教えても中々それが出来ない後輩がいる。それでも先輩が私に同じ思いで指導してくれたことを思い出して、徹底的に教える。そうやって1人前になるのだ。
一方、教えると併行して実際新人にも手取り足取りでやってもらう。オーベンが何から何までしてしまうと新人は上手く育たない。オーベンは実際に仕事をさせながらリスクをある程度経験させ、それを回避させる義務を持つ。つまり危険を恐れると新人は育たない。しかし度が過ぎると患者さんが亡くなってしまう。
4月になって、急に医療事故が増えたという話は聞かない。それはオーベンがいつも気配りをして事故を起こさないように努力しているからである。だから4月に手術される方や分娩させる方も特に心配はいらない。新しい希望に燃えた新人が回りにいるので、待遇がかえって良いかもしれない。オーベンとは新人医師にとって、神様より偉いものなのである。