うまくお産させるコツ。それは生まれるまで焦らずじっと待つ事である。入院があると、当然の事ながら外へ出かけるという事は出来ない。病院の中で院内用PHSを持ち待機する。すぐに生まれそうにない場合はシャワーとか浴びる事もあるが、その時もPHSは濡れないようタッパーに入れ、お風呂の中に持参する。生まれそうになくても、急にお産という事もあるので、なるべく手早く、もし呼ばれてもすぐ飛んでいけるように、白衣も脱衣場の外に掛けてある。食事の時はもちろん、トイレの中で用をたしている時でも構わず呼ばれる。しかしお産が長びいてなかなか生まれない時もある。そういう時はただ待つしかないのである。
先日もお産の入院があった。そろそろかなぁと思っていてもまだコールがない。もしかして、PHSの調子が悪いのかもしれないと分娩室を覗いてみるがまだ生まれそうな気配はない。とりあえず自分の部屋に戻り、生まれるまで待つ事にした。
いつも活発に動き回っている私にとって、待っているというのはかなり苦痛である。ちょっと買い物に行ったり、散歩に行ったり、本屋に立ち寄ったりという事が出来ないのは辛い。そこで先日待っている間は、ぼんやりとテレビを見る事にした。普段はほとんどテレビは見ない。見たい番組はビデオに撮り好きな時に見るのだ。だから一日中テレビをつけっぱなしという生活はしない。ダラダラとテレビを見ていては仕事にならないし、時間の無駄だ。しかし今は何もする事がないので、とりあえずテレビの電源を入れてみた。
やっていた番組は『芸能界特別授業』というバラエティ番組で、サブタイトルは『私はこうして生き残りました』。いろんな芸能人が、人生の壁にぶつかってはその壁を乗り切るというオムニバス形式の番組だった。その中で東国原知事の話があった。一回目はたけし軍団に居た30年前。フライデー事件でたけしと一緒に講談社に殴り込みし捕まった事件。捕まって仕事をほされて自分の時間が余って仕方ないので、パソコン教室に通いパソコンを教えるまでの腕前になったこと。その後10年前に、18歳未満の女性との淫行事件。この時は完全に芸能界から抹消され、仕事を失ってしまった。しかしこの時期も余った時間を利用し、早稲田大学に通い現在の政治家になる基礎を作ったのだという。
チャンネルを替えると『レッドカーペット』をやっていた。これはお笑い芸人が、1分間という持ち時間の間にコントをやって人を笑わせるというものである。時々見ていたが、判定する出演者があまり面白くないのに面白そうに笑っているのを見て、何が面白いんだといつもブツブツ言いながら見ていた番組だ。
しかし、実際ずっとチャンネルを替えずに見ていると結構面白い。バカらしいと言えばバカらしいが、その気になれば楽しめるのである。いや、楽しめるというより、楽しまなくては仕方ないシチュエーションになるのである。電話してもお産はまだ生まれそうにないという。
レッドカーペットも終わり、さて次は何を見るかとリモコンのチャンネルのボタンを押していると、今度はSONGS『35周年高橋真梨子』という音楽番組をやっていた。35年前、私はまだ学生で、この高橋真梨子がいたペドロ&カプリシャスの大ファンだった。当時五番街のマリーへという曲が大ヒットし、よくカラオケで彼女の曲を歌った。もう50代半ばの彼女が歌っているのを大画面で見ながら、懐かしいなぁという思いで一杯になった。
そういう思いに浸っていると突然電話が鳴り「お産です。すぐ来て下さい」。後ろ髪引かれるようにテレビのスイッチを切り分娩室に駆けつけた。分娩が無事終わり、一息ついて部屋に帰るとまだ番組はやっていた。いつもはこんなふうにダラダラとテレビを見る事はないが、たまにはこうやってお産までの時間をボーッとテレビを見ながら過ごすのもいいなぁと思った。