今まで15冊のエッセイ集を出版した。全部自費出版である。最初に出たのは「うぶごえ」というエッセイ集だった。今から30年以上も前のことである。表紙・イラスト・文章・装丁すべて自分で考えて作った。生む苦しみは味わったが、その分自分で作ったという充実感がある。自分の本を手にして読んでみると何か頬が緩んでくる。ここに作者が居るのだ。自分がこの本を書いたのだ。作者は私なのだ。おほん。
本の表紙が裏表赤色で統一されて中々の出来である。カバー、表紙、見開き、索引、そして春夏秋冬で順番にストーリーが展開する。何気ない本の作りなのだが、中々洒落ていると思う。本屋さんの片隅にでも置いてもらうよう出版社とも交渉した。
その日の晩である。蒸し暑くて寝苦しいこともあったのだが、何か夢ばかり見ていた。本屋に山ほど積み上げられた自分の本。本屋全てが自分の本だ。わっ凄いと思って喜んでいるとその前にペタッと貼り紙がしてある。“この本全て返本”わーっ。そんなバカな。せっかく作ったのに。ハッと目が覚めると夢だ。そんな夢の繰り返しで朝を迎えた。
次の日早速何冊かの本を小脇に抱えてセールスに向かった。とりあえず友人に見てもらおう。そして良ければ買ってもらおう。そう一人で呟きながらバイクに飛び乗った。雑貨屋で買物をしていると若い女性が声をかけてきた。「谷口先生じゃないですか?真っ黒く日焼けされて誰かと思ったわ」「そうですか。とても元気にしています。ところで私の本が今日発売になるんですよ。よろしかったらここに一冊ありますからお買いになりませんか」。「どれ、この本ですか。あら、たったの千円で良いんですね」。
生まれて初めて本のセールスをして買ってもらった気持ちは天にも昇る気持ちであった。一冊売れたぞ。どれもう一冊友人に届けよう。そう思って店を出た途端であった。「ガーン」何が起こったか分からなかった。とにかく頭の上をハンマーみたいなもので殴られていた。その場に蹲ると頭から血が噴き出してそして歩道のタイルが自分の血でみるみる真っ赤になっていった。まるで映画のシーンを見ているようだ。だけど自分が本当の主人公なのである。
店員が駆け寄ってきてハンカチを当ててくれた。ハンカチで額を押さえるが止め処なく血が流れてくる。ハンカチもみるみるうちに血で染まり、又歩道にポタポタと血液が落ち始めた。「救急車呼びましょうか?」「すぐに縫わないとどんどん出血していますよ」フラフラしながら「良いです。大したことありませんから」でも何故頭から血が出ているのだろう。ただ歩いていたのに急に怪我をするなんて…。
流れる血を拭いながら上を見ると店のシャッターが目に入った。そうか7時の閉店時間が来てシャッターが半分位閉めてあったのか。薄暗くて見えなかったなぁ。それに本が売れて心はもう飛んでいきたい気持ちだったから目に入らなかったのだろう。病院に担ぎ込まれる車の中で思った。“お前ちょっと頭(ず)が高かったなぁ”