先日、ビデオカメラの修理を大型家電電器店に頼みに行った。
店員にどんな症状があるのか、いつからなるのかなど尋ねられ、いろいろとその症状を確認している。
そしてその申し込み伝票を書いている間、次々と修理依頼の人が来た。
 まず腰が曲がり、白髪姿の80代と思われるおじいさんが係員と言い争いをしている。
その話を聞いていると、自分が大事にしていた携帯ラジオの調子が悪いので修理して欲しいとの事。
ところがそれがとても古い型で、もうその部品がないので、新しいラジオを係員が申し訳なさそうに勧めていたら、
「何言ってるんじゃい。これは亡くなった家内からもらった形見じゃ。そんな簡単に買い換える訳にはいかん。
そもそも君は何か、こんなに大切に使っていたものを修理出来ないと言うのか。
壊れた物を修理して使うというのがそんなに悪い事か?そんなにみっともない事か考えてみろ。
君みたいに何でも買い換えを勧め儲けようとする事がけしからん。どんどん捨てて、新しい物を買う。
そんな事をしてるから地球はどんどん汚染され温暖化が進むんじゃ。とにかく修理してくれ」。
「そうお客様言われましても、もうこの型は30年以上も前の型で、修理しようとしてもしかねます。
ですから物理的に無理なんです」。
「なんじゃと、この若僧が威張りやがって、お前じゃ相手にならん店長を呼べ店長を」。
チラッとそのラジオを見ると確かにひび割れた個所をテープで直してある、手垢で黒光りしていた。
これを修理するのは難しそうだ。いつまで話してもこれじゃ話は平行線だ。
 次に60代の中年女性が掃除機を持って来た。
「あのぉ、これ間違ってビニール袋を吸い込んじゃったの。それから全く吸わなくなったので、
そのビニール袋をこのホースの部分から取り除いて欲しいの」。
店員はそのホースをしげしげ見て「これはちょっとすぐには出来かねますが・・・」。
「えっ?だってこれがないと掃除が出来ないのよ。畳の所も台所も居間もこれで掃除するの。
だからこれがなきゃ困るのよ」。係員はしげしげとそれを見ながら
「30分位かかりますがよろしいでしょうか?」すると中年女性はニッコリと微笑んで
「お願いするわ、その間ちょっと他の買い物してくるから・・・」。
 次に来たのは中高年夫婦。手には炊飯器を持って
「これ3年前の7月31日に購入したの。フタがうまく閉まらなくて、うまくご飯が炊けないのよ。
この前もフタが閉まってないのに気付かないままスイッチを入れたの。そしたら生煮えのご飯で全然美味しくなかったわ。
5年保証だから無料で修理してくれるわよね」。かなり使い込まれた炊飯器だ。
「それじゃお預かりしますからここに名前と連絡先を書いて下さい」その夫婦はその書類に書き込むと
「お願いするわね・・・」と言って立ち去った。
 電気製品の修理コーナーにはいくつもの壊れた電化製品が持ち込まれる。
その1つ1つに生活の臭いがし、その製品に対しての愛着が感じられる。
その製品に対して思い入れが激しいのだ。それ故に電器屋の店員は大変だ。
その相手の多くは中高年の人達だ。この修理品が置かれているカウンターで仕事をすれば、
きっと将来いずれ役立つ事を学ぶ事が出来るだろう。
まさにそこにあるのは他人への優しさ、つまりサービスなのだ。